82 エルフのセレナ
私の名はセレナ。まとめ役を務めている。
私の言葉は六人の方針であり総意でもある。たまに全員の意思を確認する事もあるが、大抵の事は私が中心で話しをする。けれど此度の主様の考えが分からない。
「我らの森に、ですか?」
(この組織を乗っ取り、上に立つおつもりではないのか?)
「お聞きしてもいいでしょうか。それはいかような考えからでしょうか?」
ここで二つ返事で了解の意を示さなければ、自分達が忠誠を誓っている事を疑われてしまうと思ったが、つい尋ねてしまった。
「着いた時に全部話すよ。」
そう言われてはこれ以上踏み込む事はできない。その表情は深く何かを考えているように見えたから。
エルフを差別せず、深い慈悲の心を持ち、魔導器すら簡単に取り外す事のできる不思議な知恵、大多数の武装した兵を、どうやったか捉えられなかったが、瞬き一つもかからず全滅させた力。
無条件で跪く事に何の抵抗も無い。それだけ想像を絶する存在。そんな主様が自分達を頑なに受け入れて貰えていないのは感じている。だが完全な拒否をされるように振る舞われてもいない。
遠大な考えがあるのか、それとも別の思惑を持っているのか。
私達がこの身を捧げると、伽すらも、と告げたのは心からの本心だ。
人族の男は性に喜び、即、受け入れるものだと昔聞いていた。六人全員が身を委ねる意を一致させるのも何の反論も無く決まった。
だがそれもお気に召されずに、こちらが追いすがる隙も与えられずピシャリと断られてしまう始末だ。
同じ目線で会話を求められ、そればかりか身の心配まで。こちらからの申し出を受け流しつつも気遣ってまでくれる。
そんな器の大きい主様がこの都市を出る。ましてや私たちの故郷に向かうと言うのなら、嫌と言う事はあり得ない。
「はい。我らが国、ご案内致します。」
エルフは人族を今まで侵入させた事は一度とて無い。例外も無い。
自分達が捕まってしまったのは結界の外、しかも慢心し油断が過ぎたからだ。マヌケと同族から謗られて当然なくらいのものだ。それはどうだっていいのだ今は。主様がお求めになっているのだから、私たちがそれの御供をするのは当たり前だ。
森に入ればひと悶着あるだろうが、主様に至ってはそんな問題は無きに等しいと言える力をお持ちだ。
私が見た主様の力は、そのほんの力の一端でしかないだろうが、その一端ですら止める事のできる方法なんて思いつく事すらできない。
いやこの考えは不敬だ、そう考えて頭を振った、その時ノックから扉が開かれ執事が告げる。
「用意が整いました。お部屋にお着換えをご用意しております。準備ができましたら玄関までお越しください。」
椅子を立つ音にそちらに向き一言申し出る。
「着替えの介添えを・・・」
「いや、要らない、要らない」と拒否されたと思えば眼前から主様が消える。
どのような方法であるのかと思案を巡らせるが、まるでその場に最初から居なかったと錯覚してしまうほど突然「消えて」しまうので、その種も仕掛けも想像できない。
絶対的なる力、その圧力、それを主様から微塵も感じられる事が無いのが逆に恐ろしくあった。




