812 喜びの日
「分かった。行って見るだけ行ってみる。その獣とやらと対峙した時にもし相手が敵対して話が通じなかったら倒してしまっても構わないんだろ?」
俺はここで話に乗った。まあコレも結局は自分の為である。
黒髪黒目の存在の謎を追う。この事は自分を良く知るために重要な事だ。
関係無いと思ってこの話を蹴っても良かったかもしれないが、ここまで話を聞いてしまうとジワジワと鍵とやらがそもそも何なのか?が俺も気になってくる。
(まさかだとは思うけど、もしかしたら「神」を一発ぶん殴れるって言うのに繋がっている重要アイテムかもしれないしな)
俺はいつも心の底に沈めてある怒りを少しだけ浮上させる。
だけどその時間も僅かだ。人って言うのは100%の怒りをずっと持続させ続ける事が困難だ。
だけどその代わりとでも言わんばかりにその感情は熟成される。ずっと心の奥底で。
俺をこの世界に転生させた神への怒りはずっと消えないまま。ずっと燻っている。
「でしたら明日にでも案内をさせましょう。私の次の長はガルードです。この話はもうしてあります。場所も教えてありますので。彼に案内をさせます。」
こうしてこの日は大分夜遅くまで宴会は続いた。俺はそれには最後まで付き合わずに長老の家に先に戻って寝るのだった。
翌朝、俺は気持ちの良くない目覚めをする。それは顔色悪いガルードが来たからだ。
「おう、お前さんにゃ返し切れない恩ができたな。おそらく俺たちだけでは奴を殺しきれないで被害が大きくなっていただろう事はあの場で明確に解ったからな。しかも絶対に途中で奴が満足したならば易々と逃げられていただろう。そうなればずっと奴の恐怖がぬぐえずにいたはずだ。むしろ増々恐怖が蔓延していたはず。」
青い顔をしてテーブルに突っ伏して真面目な顔でそう俺への言葉を紡ぐガルード。
酒を飲み過ぎてこうなっていると言う事らしかった。要するにただの二日酔いであろう。
その口は酒臭い。本人はそれどころでは無いのだろうが、こちらは不快だ。
きっと調子に乗ってがばがばと酒を飲んだに違いない。長老は強い酒だと言っている。ならばアルコール度数の高い酒だろう事は分かる。
ソレをこんなになるまで飲むと言うのはよっぽど吸血鬼の件が片付いた事を喜んでいたのだろう。
まあそれなら仕方が無いとは思うのだが、この状態では案内もままならないので出発は昼過ぎと言う事になった。
そう遠くない場所にあると言う事だが、案内が無ければ辿り着くのが難しい所にあると言うのでソレまでの時間を散歩でもして時間を潰してくれとの事だった。
(なんだかなぁ?締まらないと言うか何と言うか?)
自分がここでドウノコウノ文句を言うのは無粋だなと思って素直に朝食を摂ってから外に出る。
彼らにとっては因縁を断つ事ができた喜びの日だったのだから、そこへ水をさすような言葉を俺がいちいち言う事は無いだろう。
俺はこの獣人の集落をまだ詳しく見て回っていない。ならばもうここは開き直って観光だと思って何処ともなく歩き始めた。




