81 心の奥
昨日食事をした部屋に案内されて入ると、エルフ六人が一斉に一礼してくる。
「おはようございます主様。ご機嫌はいかがでしょうか。」
こんな美人たちに伺いを立てられれば、自尊心の高い奴であれば喜悦愉悦な事だろう。
だが俺は違う。この世界での俺の存在はイレギュラーだ。異分子だ。それがこの二日間で良く分かった。
そんな自分がこの世界の存在に偉そうな態度を取るなんておこがましいと思う。
だけど今ここにいる事実は変えられない。なのでそれなりに対応はしなければ不自然だ。無視はいけない、人として。
「おはよう。だけど、その言葉遣い何とかならない?畏まった話し方しなくていいから。」
「私達にも引けぬケジメが御座います。ご容赦を。」
俺は彼女たちの申し出を断った。それはちゃんと伝えたはずだ。だけど彼女たちは自分の「自由」において俺に尽くすと言う。この時点で齟齬が発生しているがありのまま受け入れるしかなさそうでツライ。
誰も人の覚悟をそう易々と変える事などできないものだ。溜息一つして席に着く。
(あぁ・・・これはもう行くしかないか・・・)
そう諦めた所で食事が運ばれてきた。料理が次々並べられていく。
「じゃ、食べようか。そしたら今後の事で話があるから意見を聞かせて。」
昨日と同じくエルフたちの分も並んでいるのに彼女たちは席に着かない。
「朝食まだなんでしょ?昨日と同じだよ。一緒に食べよう。」
そう言ってやっとソロソロと動き出す。面倒な手間が増えた、とボンヤリと頭に浮かべてそれを打ち消す。
「いただきます」そう小声で呟き手を合わせ料理を食べ始める。それを確認した給仕たちは「では」と部屋を出て行く。
この世界には「いただきます、ごちそうさま」が無い。食事は即パクついて、食べ終わればそれでお終い。
初めてこれをした時はまだ子供の頃。両親に不思議な顔をされて「なんでもない」と気まずい気分になった。それ以降は小声で、小さく手を合わせるようにして食事をしていた。
この世界で自分だけのマイルールだ。だったが。
「主様はエルフの礼法をご存知なのですね。」
「は?何それ?初耳ですけど?」
「昨夜の時も手を合わせ、目を閉じ、黙祷しておいででした。」
「うん?俺流の食事への感謝的な?命への祈り的な?」
「・・・主様は人族であらせられますよね?」
「ん?何故疑問形?人間だよ、うん、きっと、・・・たぶん。」
「人族は、自然の恵みを感謝しません。当たり前に神から与えられていると捉えているものです。その神にすらも祈りません。」
俺も神になんぞだけには祈ったりはしないだろう、この先も絶対。
「あー、確かに毎日変わらず飯が食えてると、当たり前に自分を支えている命がある事を、忘れてしまうかもなぁ。イカン傾向なんだよなアレ。」
「主様はそれを持っていらっしゃるご様子。」
昔、ある時期に凄くハマったゲームがあった。連休を使って三日徹夜し、その時食事もまともに取らずに熱中した。
ふとトイレに行こうと何気なく立ち上がったら、身体に力が入らずにそのままドサッと倒れた。
少しの間立ち上がれず、このままでは死ぬ、とまで思考がパニくった。
一時的なものだったのですぐに回復し、飯を食い落ち着いたがあの時は本当に絶望した。
(あの時はヤバかった。ろくに水分も取らずにいたしな。このまま死んだらこの先出るであろう新作ゲームが遊べずに人生終わると思ったからなぁ。)
生きるためには多く大事なものが存在する。健康は貴いモノだと、あの時に心身に刻まれた。
だけど俺は神の勝手で、ゲームが無い世界に拉致されてしまったが。
「で、エルフってどんな考えなの?」
「命は、命の大いなる繋がりの中の小さな一つに過ぎません。その繋がりを持って自分は世界の一部である事を感じるため、得る食に祈ります。」
「俺はそこまで大きい事を考えてないけどね。」
「命ある事に喜びを持ち、慎ましく生き、自制を忘れず、けして驕る事の無いように、と手を合わせるのです。」
「うーん?禅?悟りに近いのかなぁ?俺はそんなご大層なもんじゃないからね。欲に塗れてるからなぁ。」
今この瞬間にでも元の世界の以前の俺に戻って思う存分ゲームがしたい。
そんな願いは今の俺の現状、夢幻で、欲とは厳密に言うとちょっと違うかもしれないが。
大の大人がゲームゲームとみっともないと言われるオチだが、仕方が無い。だって楽しいんだから。好きなんだから。
周りが何と言おうと、本人の趣味をけなすような言葉は、誰も口にする権利など無いのだ。
それが「悪い事」でなければ。誰にも、社会にも迷惑がかからなければ。
自らの好きなモノをけなされれば、誰でも嫌な気分になるだろう。
時々、あなたのため、なんて言う輩が居るが、大概はその中身が伴っていなかったりする。
相手の心の中を慮っていない事が大半だ。本気で相手の本心を考えたら、軽々にそんな「あなたのため」なんて言葉を遣えないはずだから。
この世界で俺の「本心」を理解してくれる者は現れるだろうか?
目を閉じれば今も瞼の裏に好きだったゲームが次々と鮮明に浮かび上がる。まるでつい昨日の様に。
「ごちそうさまでした」小さく言葉にし手を軽く合わせ食べ終わる。水を一口飲んで話を振った。
「この都市を出る。向かう先は帝国。意見はある?君たちを故郷へ帰す。異論は?」




