80 言い訳
昨夜はお楽しみでしたね、を回避した朝。
「はー、よく寝た。んー、ちょっと寝すぎたか。」
光が差し込んでくる方を見れば、窓の外は地平線から太陽がチラリと昇ってきている所だった。
起き上がり、背伸びをして、スクワットをする。少し体がほぐれてきたら、今度はかなり本格的なストレッチをする。
二日間、日課だった筋トレも型稽古もろくにしていない。村では空いた時間でしていたので、ゆっくりと時間が取れたのは今この時だけ。
腹筋、背筋、腕立て伏せをしながらこれからの事を考える。
(この都市に居続けても、きっと今回の件が噂を呼んで、何かと周りが鬱陶しくなりそうだよなぁ。)
ゾルデンの件もある、その前に都市に入った時の聴取の事も。何かと地味に目立つ。
昨日アリルが店を引き上げた際、死体はそのままほったらかしにしてきたので、それが見つかればそれも問題に加わる事になるだろう。それをエルトスが片付ける指示を出していても、その部下たちが次々に話を広める可能性もある。
商会のランドルフの件も目撃していた人は少ないが、居る。門衛からの情報で傭兵ギルドにも、そう遅くない時間で話が行く事も予想される。
人の口に戸は立てられぬ、結構なパターンの量を想定して結論を出す。
そこでようやく腹が決まったので準備をしようかと廊下に出る。だが未だにバスローブ姿でウロウロするのはヤバいかなと思い出した。
荷物どころか昨日風呂の際に脱いだ服すらどこなのか分からない。キョロキョロ不審者みたいに、だだっ広い廊下で首を左右に振って誰かいないか探してみると声を掛けられた。
「おはようございます。ご主人様がお帰りになられています。お会い致しますか?」
「・・・そうしていただけますか。案内お願いします。」
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エルトスの執務室のドアがノックされて要件が伝えられた。
「お客様が、お話がある、と。」
エルトスは座っていた椅子を大きくガタつかせ動揺したがすぐに持ち直して平静を装う。
「入って頂いてくれ。」
短く了承し、あの化け物が入ってきた。エルトスは震える身体で執務机に積もる書類を倒さない様に気を付けながら、立ち上がりソファーを勧める。
「今後の話があるんだけど、今大丈夫?」
「・・・大丈夫です。」
断れるはずが無い。もし目の前の人物の気が変われば、自分なんて今この刹那も生きてはいられないのだから。
「はい」と答えるしかできない立場の者に、力ある者が一々了承を取ろうとする質問は「思いやり」などでは無い。表面をなぞっただけの挨拶の様なもの。
だが、エルトスは目の前の男が、本気で自分に伺いを立ててきているように思えていた。
「どのようなお話でしょう?どの様な事でもご命令を。」
この男が「いい」と言うまで要求を呑み続けなければならない。ダモーの下にいた時よりも状況は過酷だ。エルトスはウンザリしている事を悟らせないよう、何時も通りを心がける。
何せ、思いつく限りのあらゆる方法をもってしても、この化け物を殺すところが想像できないから。
無力化さえ無理、遠ざける事も至難。ダモー相手だったらいくらでも打てる手は存在した。
下克上、それを今まで実行しなかったのは、「得」が労力に対し小さいと判断していたから。組織の頭を潰すなんて事態は、根回しだの、兵力だの、後処理だのとあまりにも手が回らない。自分以外の幹部の奴らは疑い深い奴が多くて、味方に付けようとしてもなびいてはこなかっただろう。
それ以前に上昇志向や野望なんてものを持っていないのが大きかった。今のままで充足していたのだ。
それが今回この存在との出会いで狂ってしまった。だけどそれもここまできたら頭を切り替えるしかない。
所詮は自分の「ボス」がこの男に変わっただけ。
組織経営の方針が大幅に、いや、回転して真逆に転換しただけ。
目の前の存在から見限られたり、信用を無くせば、「降格」では無く「命」が無いだけ。
だいぶ、どころか、天地がひっくり返ったかと思わんばかりの変わり様だが、それを無理矢理にでも誤魔化して「器」に突っ込んでおけなければ、自分は今ここに生きてはいないだろう。
そうやって必死に自分への言い訳にする。この世に、自らの命のよりも高い値段を付けられる存在なんてありはしないのだから。
そんな心の重さを大きく軽減する言葉を、この目の前の新しいボスは口にした。
「今日中にこの都市を出て行こうと思ってるんだけど、取り合えず今から欲しい物とかいろいろ伝えるから用意お願いできる?」
「かしこまりました。即座に用意してご覧にいれます。」
(この怪物が居なくなってくれるなら即行だ!金だっていくらでもかけてやる!人手だっていくらでも出す!)
心の中では歓喜で一杯になる。それを気付かれない様に話を聞いていく。
少し経って揃える荷の話が終わり、立ち上がった所で朝食の要求をされた。
「お腹空いたから飯が欲しいんだけど。」
「ではご用意します。案内して差し上げろ。食事もすぐお出しして差し上げなさい。」
そう執事に言って任せて見送った。ドアが閉まる音と同時に準備に取り掛かる。
ほんの小さい時間も無駄にはできない。恐怖の対象が自ら離れてくれると言ったのだから。
すぐさま館の使用人たちを集めて命令する。
「準備をしろ!その他の仕事は後回しで構わん!すぐに用意するんだ!」




