797 個人の感性
それを俺はヒョイと躱す。ミガルの拳は鋭かったが、別段加速を使わずとも避けられる位である。
おそらくだが身体能力は「人状態」だと多分人族が鍛えている程度のモノだと考えられた。
そのまま二連撃、三連撃と鋭い攻撃は続く。四撃目には見事なローキックをしてくるが、それをしっかりと避ける。
するとどうだろうか、そのままクルリと回転をしてバックブローを狙ってくるでは無いか。
ちょっとソレで俺は面白くなってきたと思えた。そのまま連撃をしてくるかと思えば今度はその突き出した拳を俺の肩の服を掴んでくると言うパターンに変えてくる。
どうやら投げを狙ってきたようだ。バックブローをしてきていた拳は既に戻ってきており、俺の脇の下へと潜り込ませるようにしてくる。
そのまま担ぎ上げて投げ飛ばそうとしてくるのだが、あいにくと俺は動じない。
俺を投げれないとすぐに判断したのか掴む手を放して離れ際にジャブを入れて牽制も忘れない。
そこでこの準備運動とやらはお終いであるようだ。ボクシングのピーカーブーの構えを解いてミガルはフー、と長めの息を吐く。
「どうやら腕は立つらしい。だが、単純な力はどうかな?・・・ぬうぅぅぅぅうう!・・・てやぁ!」
ミガルは全身に力を込めると気合を解き放つ。するとどうだろうか?腕や足が先程よりも太く逞しくなっていた。
「今度は避けさせない。食らうといい。・・・死ぬなよ?」
その時俺は咄嗟に腕を顔面を守るようにクロスさせた。僅かなミガルの動きに反応しただけなのだが。
その時にはミガルの拳は腕に打ち付けられている。でも、多少なりとも覚悟をして踏ん張っていた俺を吹き飛ばす事はできないでいた。
「なに?!」と一番の驚きを見せているのはミガルだ。どうやら防がれた事は驚かないが、自慢の膂力で俺を吹き飛ばせなかった事は驚愕に値しているようだ。
「うわ!やべえな。完全変身じゃないから大丈夫かと油断してた。コリャマジやべえや。この時点で防ぐので精いっぱいだぞ?スゲー強いじゃねえか。ボンズルの奴ホントに獣人の何処を勘違いしてたんだよコレ。」
まだ「獣」状態ではなかったので、俺の方も加速に入らなくても対処できるかな?と思い違いをしていた。
この状態で稽古をした魔族のネーブと同じくらいの強さである。この様子だと完全変身があると思うとその強さはゴーリルに匹敵するのでは?と思えた。
「クッ!どうやらただの人族では無いのか。ならば獣人の真の姿で貴様を試す。・・・こおおおおお!」
もう一段階ギアを上げる。それは獣が人の形を取った姿と言っていいものになった。
目の前のミガルは狼男、人狼、などと言って差し支えない姿に変身したからだ。
「へー、予想の範囲内だったとは言え、スゲーカッコいいな!コレは想像していた以上にカッコイイ!しかも毛並み・・・銀?やべ!超カッコイイじゃん!」
俺の語彙力は崩壊している。目の前の予想通りの、そして想像以上にカッコイイ実物を目の前にして少々興奮してしまったのだ。
光り輝く毛並み、鋭い眼光、剥き出しな牙。基の人型の時よりも一回り大きくなった体躯。
鋭い爪にバネの様なしなやかさを見せる筋肉。何処をとっても美しかった。
俺がそう言った獣人を「美しい」と感じる美的センスの持ち主だったとは自分自身で驚きである。
ポケーっとその完全変身した姿を見ていた俺に、それを気味悪がるような声が掛かる。ミガルだ。
「・・・お前は人族だろう?俺のこの姿を見てかっこいいだと?お前の感性はどうなっている?・・・馬鹿なのか?」
「おい!馬鹿とは何だ!馬鹿とは!そこは別に個人の感性だろうが!ソレを馬鹿呼ばわりはオカシイだろ!」
いい加減馬鹿呼ばわりされるのは納得できないのでそこは噛みついておいた。




