785 突き放す優しさ
しかしいつまでもそんな事をし続けていられない。俺は両手を肩の上まで上げて一言だけ口にする。
「俺はあんたに危害を加える気は無い。話がしたい。俺は「人族」だ。あんたは獣人であっているか?」
俺のこのセリフに一瞬だけ警戒心が上がったように見えた。少しだけ目を細めたからだ。
俺は前世では武術を習っていた。だから相手の動きを注視する癖がある。
微かな動きもその次の瞬間にはこちらを攻撃してくる動きへと変わっているのだ武術と言うのは。
だからそういった兆候を逃さない、そう言う訓練もした事が有る。
そして俺は格ゲーが好きだ。相手の僅かな間合いの詰めに反応してこちらの牽制を入れると言う反射を鍛えるためにそう言ったトレーニングもしていた時期がある。
好きになったらそう言った鍛錬は苦にならないものだ。かなり長い間そう言った事をしていた時期があるのでこうして癖とも言える形で俺の力に今はなってくれている。
相手がわずかに一歩こちらに歩み寄ってくる。そして一言。
「貴様の目的は何だ?」
ジッとこちらを睨んでくるその瞳に敵意は今の所無い。
そしてジッと見ていたから分かる。彼の話した言語は人の世界のモノでも無く、魔族のそれでも無かった。
違う言語体制である。これには驚きを必死に隠した。俺が理解できるはずがないはず、いきなりそんな物を。
だけどサシャと会った時と一緒だ。喋る言葉は違えども意思が通じる。そんな都合の良過ぎる世界。
何と馬鹿げた世界だろうか?
「獣人という存在の在り方に興味があって尋ねたいと思った。生活様式、掟、特性など、だな。」
この答えに眉を顰めて彼がもう一度問いを投げてくる。
「貴様は間諜か?」
俺の事を「スパイか?」と怪しんでいるのは良いがソレをそのまま俺に直接言ってくるのはどうなんだろうか?
でも俺はその短い問いを受けて正直に答える。偽る事など何も無いし、後ろめたいことも抱えていないから。
「個人だよ。何かの組織やら集団に属している訳じゃ無い。あくまでも興味があった。ただそれだけだ。」
多分獣人族特有の何かがあるのだろう。俺のこの言葉を信用したのか彼の警戒心が一気に下がった。
普通なら虚偽の返事じゃ無いかと疑う場面だろう。しかし彼はそんなそぶりも無くあっさりと俺の言葉を受け止めた。
これには何か獣人だけの能力が関係している。そう思わざるを得ない程のあっさり感であった。
「良かったらこの森の案内をあんたに頼みたいんだが。報酬ならそれなりの物を用意させてもらう。どうかな?」
これには彼は無表情で俺を突き放す。
「お前は余所者だ。私がお前に何かしてやる義理は無い。もしお前がこの森を抜けてくる事ができる程の実力の持ち主なら、自然と歓迎される事だろう。ではさらばだ。もう二度と会う事もあるまい。」
彼はそう言って踵を返してまた森の中へ。そしてすぐにその姿は暗闇の中に溶けて見えなくなった。
最後に残していったセリフ、二度と会う事は無い、それは要するにこの先はそれほどまでに厳しい環境だと言う事だろう。
入れば命は無い、そう忠告されたのだ。今まで俺が通って来た森の中はこの広大な「闇夜の森」のたった一部、表層に過ぎないと言った所なのだろう。
「案外さっきの彼は悪い奴じゃないな。引き返せとも言わなかった。だけど、この先危ないって遠回しに言ってくるあたり。まあ確かに義理が無いからその程度くらいしか俺に言う事は無かったんだろうけどな。俺の命を「興味」と天秤にかけて釣り合うか?そんな危険を冒してまで辿り着けたら認めてやるって言いたかったんだろ?」
一本シャキっと通った意思の強さとソレに見合う強さ、獣人はソレを認める社会性、あるいはあの彼がそう言った物を重要視しているのだと言う事だ。
「なら、行くっきゃないよな。しかも本気で。そもそも最初から引き下がるつもりならここまで来てなかっただろ。」
俺はこの花畑の美しさを背にする。「闇夜の森」本番をこれから突き抜けていくために。
「やってやろうじゃないの。加速MAXで一丁いったりますかね!」




