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72  覚悟する者

 ランドルフは分かっていた。目の前の青年を自分の力程度では倒せない事を。

 雇い主のボーナッツは信じていない。この青年の「力」を。

 それでもここで戦わなければならない。怖気付いてしまえば、今まで自分が積み重ねてきたモノ全てを失う。覚悟は決めていた。だが信じられない。


 最初の一撃目、それは今までで一番のキレが乗ったモノだった。

 だけどそれは幻でも殴ったかの如くに、手応えが返ってこない虚しさを残した。

 目の前の敵に向けて確かに放ったものだったのにも関わらず、まるで見当違いの場所、何も無い中空を殴りにいっていた。

 思考が止まった。その事実に寒気が全身に走る。咄嗟に反対の拳を放つ。体勢が崩れてしまっていたが気にしている事すらできない。

 だがそれすらも虚空を切るだけで、まるで目の前に誰もいないかの様に手応えを感じる事は無い。

 その後もあらゆる方向から何度も拳を振るった。しかしそのどれもが全て同じように空を切る。

 岩を思わせる巨体が、巨大な石を思わせる拳を振り回す。掠っただけで大人を吹き飛ばさん勢いの猛撃。

 しかし一発も、目の前の存在に当たる気配は微塵もない。

 その場から一切、動いていないその存在は、先程から涼しい顔をしたままでこちらの様子を見ているだけ。

 ランドルフは心に決める。体力の続く限り拳を振るう事を。一撃、その決意すらも届かないだろうと感じていても。

 だから、せめて、一歩も引かず立ち向かう。このまま連撃を繰り出し続ける。

 あれだけの攻撃を捌き続けるこの青年に畏怖と敬意を込めて。



 ≠====  ≠====  ≠====



 正直に言って、こんな展開になっているのは俺の本意じゃない。

 前世で営業をやっていたが、こんなゴリ押しなんぞ客にした事なぞ無い。

 そんな事をすればまともな話にならないばかりか、よくて会社をクビだ。悪くてお巡りさんに捕まる。どちらも最悪だ。

 だけどこの二日足らずで、この世界での「力」そして「ゴリ押し」のハプニングに散々出会って「使い方」を理解してしまった。

 だからと言っても、俺は穏便に済ませたいのだ。それなのに行く先々で巻き込まれる。


(こんなやり方じゃなくて、もっと話し合いで解決できないモノか・・・相手の道理に無理に付き合わされるのはストレスだよな、何だって)


 格ゲーでも「飛ばせて落とす戦法」しかできない対戦者を、只々、相手のペースを崩して倒すだけ。その時の虚しさが思い出された。そんなツマラナイやり取りじゃ無く、もっと自由に動かしたいのに、っていう。

 そんな昔の事ですら、今となってはそれすらも愛おしい。


 ゆっくりとこちらに迫る拳を、一つ一つ丁寧に、力加減とタイミングを考えて払う。

 当たり障りない程度の考え事をしていても、ちゃんとランドルフの攻撃はスローのままだ。

 どれだけの数を捌いたか分からなくなってきた頃に拳打の嵐はピタッと止んだ。

 そのかわりに目の前の大岩を思わせる男の体躯は、はち切れんばかりに縮こまった。


(なんかしてくるなこれ。残心は大事。よし、警戒は万全)


 クラウチングスタートに近い形を取った彼が、その圧力を開放してそのまま近づいてくる。

 それは彼の最後の抵抗、全身全霊を込めた体当たりだった。


 ≠====  ≠====  ≠====


 それはまるで巨大な岩が目にも止まらぬ速さでぶつかっていく様だった。

 ボーナッツはそれに確信を持つ。先程からランドルフの攻撃は一撃どころか掠めもしない。

 相手の腕がゆっくりと動いているかと思えばランドルフの拳をあたかもそよ風の如くに躱していた。

 そんな真似をしているのにも関わらず、その場から微かにも立ち位置はズレもしない。

 だったからこそ、この巨体の体当たりは避ける場所など無い。その間さえ与えない。


 吹き飛んだ。ボーナッツがそう幻視してしまってもおかしくなかった。

 それほどの衝撃を思わせるに充分なモノだった。そう、はずなのだ。

 ボーナッツはそれでも自分の目で見ているはずの現実が理解できない。


 黒髪の青年はその場から僅かにも動かない。それどころか垂れ下がる布にでも手を添えるかのような動きで、ランドルフの突進を止めていた。

 あの大岩を思わせる巨体が、あの質量が、勢いが最大になって当たった瞬間だっただろうにもかかわらず。

 受け止めた青年が吹き飛ぶ訳でなく、ランドルフが逆に返り討ちになるでもなく、その両者の動きは接触したその刹那に「ピタッ」と時でも止まったかの様に止まってしまった。


 全身の血の気が引く。寒気をもたらす。ボーナッツはその抗いきれない恐怖と共に密偵の報告を思い出していた。


(エルトスの部下、それも強者三人が絶命・・・)


 そんなはずはあり得ない、そんなものは見間違い、そう思いたかった。だが密偵が嘘を付くとは思えない。そしてここにきて、それは事実だったと確信してしまう現実が目の前で起きた。


 ランドルフに敵う訳が無い、そうあって欲しかった。だが現実は非情だ。その思いを粉々に砕く弱弱しい声が静寂の中に響いた。


「参った・・・もう手も足も出ん・・・好きにしろ。」


 それは商会自慢の最大戦力が降参した言葉だった。

ブックマーク100。めでたい。

だけど外されて減るかもしれない(苦笑)

今後ともチマチマ読者が増えていく事を願いながら地道に頑張ります。


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