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557  エピソード

 ゆっくりと円闘台を後にして退場口へと去っていくチャンピオン。その時ちらっと俺と目が合う。

 そして彼は自然な爽やか笑顔をこちらに一瞬してそのまま通り過ぎて行った。


「今!俺に笑いかけてくれた!うひょー!今日は何て幸運な日だ!」


 隣では案内人が有頂天になって飛び上がっている。

 客の誰もがそんなチャンピオンへと視線を集めている中、円闘台へと担架を持ってくる救急隊員。

 挑戦者が未だに立ち上がる事ができないダメージと判断して救護するために颯爽と現れた。


「クソぅ・・・奴はバケモノか・・・刺さらないだと?ぅぐっ!・・・どうしたらあんな奴を倒す事ができるって言うんだ・・・」


「喋らないで!胸骨が折れている可能性が高い!骨が内臓を傷つけるかもしれないから安静に!」


 悔しさをにじませる呟きは小さすぎて俺以外の客には聞こえていない。

 救護班の人たちはそんな彼を鎮めるかのように傷の具合の深刻さを説く。

 こうしてチャンピオンが向かうのとは別の方向にある退出口へとマルファスは運ばれていった。


「あーやっぱりカッコいい!あんな強い人に憧れるのは男として当然ですよ。」


 案内人はその姿が見えなくなるまで退場するチャンピオンを見つめていたが、ようやく興奮も静まってきたようだ。


「じゃあ出ようか。もう今日の演目はお終いなんだろ?って言うか・・・あれじゃあ暫くは出られ無いな。」


 出口は人だかりが凄すぎてどうやらここを出られるようになるまでに時間が掛かりそうだ。

 興奮冷めやらぬ人々が皆ワイワイと今日の闘いの感想を口にしている。

 ゆっくりと人の波は通路へと吸い込まれていく。かなり広く幅がある通路とは言えこの会場に居た全員をスムーズに排出するにはまだまだ狭い。


(東京ドームって満員で何万人が入れるんだっけ?円闘台の側まで席があるからそれ以上の人数が収容できているんだよな?)


 この会場に入った客の様子は観客席だけでなく、通路にまで人が一杯でみっしりだった。それだけこの闘技場都市の「頂点」はカリスマなのだろう。これは凄まじい集客力だ。


「ちゃんとこうして皆行儀よく出て行くのも皆バルガランダーのおかげなんですよ。会場で暴れるな、ここでは皆平等だって。暴力が振るいたいなら今すぐにここに降りてこい、って。ここで力を示したいならこの円闘台に上がって俺と戦え!って。そんな啖呵を切った時のアノ痺れるカッコよさは今思い出しても震えます。その時俺、運よく観戦できたんです。いやー、アレを生で見た事は知り合いにも自慢で。」


 どうやらチャンピオンはなかなか思い切った人物らしい。


「観客の一人がガラの悪い男に絡まれてたんです。それこそ軽く肩がぶつかっただけだったのに。襟首掴んでガンつけていた時の事で。その後どうなったか分かりますか?」


 勿体ぶったように、そしてその時を思い出しているかのように、うっとりとした顔で案内人がクエスチョンを投げてくる。


「正解は、そのガラの悪い男が円闘台に上がったんですよ!ソレはバルガランダーの試合の終わった後で客も会場を出て行く途中だったんです!そして思わぬ第二試合!って感じで!男は持っていた剣を抜いて斬りかかったんです。だけど一発でした。剣を振り切られる前に男の顎を素早く下から拳で打ち抜いたんです!バルガランダーは!」


 カウンターアッパーカットで撃破。それはそれは派手なKOになった事だろう。


「この都市で暴力を振るってデカイ顔がしたいなら先ずは俺を倒してからにしろ!って!あ~あの時のカッコよさと言ったらもう!それからと言うモノ、強面の男たちは一様になりを潜めました。だってこの都市で暴れた所で英雄が居るんです。上には上が。そんな中でむやみな暴力を振るったって相手にされないんです。あの英雄より弱いくせに、って。」


 どうやら、とにもかくにもこの都市の基準は「チャンピオン」になるらしい。


「そうした事があってからジワジワと応援する者たちが増えていって、すぐに後援会みたいなものができたんですよ。しかもそこの奴らは皆、強面の男ばかり。ガタイもがっしりとした奴らで。だけどチャンピオンに心酔してるので理由なき暴力は一切振るいません。大人し過ぎて最初は逆に不気味でしたけれどもう慣れましたね。」


 そんな風に案内人は笑う。

 こうして案内人からバルガランダーのエピソードを聞いている間も、まだまだ客は半分以上も残っている。

 俺がこの会場を出るのに後どれだけかかるか分からない。

 焦っても仕方が無いので俺は席に座ったままのんびりと待つ事にした。

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