521 大きな波に流される
さて、こうして広い庭にてグリフォンはゴロゴロと寝転んで綺麗に刈り揃えられた芝生の柔らかい感触を楽しんでいる。
家のドアを叩き訪問した事を隊長さんが知らせるとトテトテと素早く近寄ってくる足音。
そして素早く開けられる扉。
「あ、ラジオル様じゃ無いですか。坊ちゃまは今はまだお仕事から帰ってきておりませんが?」
「いやいや、私を様付けして呼ばなくていいのだ。昔からの付き合いだろう。今日はそのビノータ君がな、こちらの者を客として招いたのだ。それを私が送り届けに来た。本人はまだ仕事中なのでな。」
コレを聞き終える前にこのメイドさんはカチコチに固まった。
そう、庭でくつろいでいるグリフォンを目にしているから。
当然気にするなとも言えない。むしろ、気にしない事ができるだけの精神を持っている人物ならかなりの大物だろう。
普通や一般など、そう言ったレベルの気の持ちようではこの衝撃には心が耐えられない。それはここまで来る道で散々目にした。
グリフォンを見上げてコロッと尻餅をついて倒れる者。悲鳴と恐怖で硬直する者。
後ずさりしてドンドン遠ざかろうと必死な者。警戒心が振り切って緊張で気絶してしまう者。など。
「メリー?おい、大丈夫か?安心しろ。この魔獣は襲って来たり暴れたりせん。とは言っても直ぐには無理か。」
そう言って待つ事、一分少々。目線だけ左右に動かして隊長さんや俺を観察してやっと肩の力を抜き始めたメイドさん。
「お、お客人の前でし、失礼をしました。お許しを・・・」
「いや、謝る必要は無いだろう。全部こいつが悪い。」
そう言って俺を指さす隊長さん。その指摘を今の俺は全面的に受け入れる所存だ。
「あー、うちのグリフォンが驚かせてしまった様ですいません。おーい、グリフォン、あんまりバタバタとはしゃぎすぎるなよ。大人しく昼寝でもしていてくれ。」
この言葉にゴロゴロとしていたグリフォンは「クエ」と短く鳴いて大人しくゴロリと横になって目をつぶる。
これにようやっと全身の緊張を解いたのかメイドさんが動き始めた。
「で、では、客間にご案内します。こちらです。」
そう言ってやっと家の中へと入る事になった。そこは隊長さんも一緒だ。
「お前さんが未だに何者なのか判断がつかん。ここまでの人となりを見て大丈夫だと思うのだが、一応監視として付かせてもらうが、気分を悪くしないでくれ。何せグリフォンがお前さんの言う事を聞く、などと言った事態は前代未聞だからな。事態が事態なだけに後で事情聴取を求める事になるかもしれん。しかもかなり高い確率でだ。」
これにはウンザリと言うか、当然と言うか、こうなってしまっているからには仕方が無いと受け入れる。
「ええ、構いませんよ。これは大事だと自覚はあるんで。配慮が足らなかったです。」
(そう、この世界への配慮がね。散々目立ちたくないと思っていたけど、それはもうここに来て無理だからなぁ)
ここまで派手にやれば噂話は広がるのは確定だ。しかもこの国だけにとどまらないだろう。
だって今この国には商人が集まっているのだ続々と。ならばその商人が様々な地域に足を運ぶ事によって俺の、グリフォンの話は次第に伝言ゲームでもするかの如く、鼠算的に爆発的に増えるだろう。
だってこんな珍しい話をしないはずが無い。人から人へと伝わって行き、やがてそれは噂話程度に落ち着くかもしれない。しかし、実物を見る事があれば、あの話は本当だった、と燃え上がって再び広がっていく事だろう。
(もう隠棲という目標は実現不可レベルにまで落ち込んだな。そもそも俺の見込みが甘かったのか最初から・・・)
こうも何かと向こうから「厄介」が舞い込んでくるのであれば、人里離れた場所に住んでいても、さてその時、平穏な暮らしができたかどうか?
最初からその「最悪」を考えておくべきだったのだろう。その時にはテンプレ宜しく「問題の種」がきっと飛び込んできた事だろう。確信を持てる。
そして今の俺はと言えば、自分からグリフォンを助けると言う名目の自己満足を貫いたその責任を負った事によって自らの首を絞めた。いや、絞めたどころの表現では温すぎる。「絶った」と言っていいだろう。
(諦めかけていた途中だからな。それで観光をしていこうとか、考えを方向修正したばかりだし。ああ、そんな気持ちの変りも今のこの状況を作り出した一つの要因なのか・・・)
案内された客間のソファーに座り、出されたお茶を飲みながら考えた。
(静かに暮らしたい、と思っている気持ちは変わらないけど。だけどソレを「波乱の相」が許さないからって、ならじゃあ「楽しい事無いかな」などと言って自分から娯楽を求めたんだよ。そうだ、だから今こんなに目立っているんだ)
ちょっとした気持ちが揺らいだ程度でここまで「波乱の相」は大きな波を俺にもたらした。
この流れにどうやら俺は逆らう手段を持つことができないらしい。
「ああ、これが流されるって事か。どうにもできないよ・・・取り合えず今は美味しいお茶で心を落ち着かせよう。」
こうして出されたお茶が美味しかったのでお代わりをメイドさんに求めた。




