52 伝わらない 伝わる
その場は何とか逃げ出し、前を行くアリルの後を慌てて追いかけた。
彼女はそのままにすぐの路地裏に入って身を潜めるために大通りの角を曲がる。
「あー、怖かったです。いきなりあんな事になるなんて。」
(天然じゃなく意図的に無視したのか。そりゃそうか)
ホッと溜息を吐いた次の言葉はたくましかった。
「そんな事より!念願の商売です。気合が入ります!」
ガッツポーズをする姿が実に微笑ましい。
「で、場所はどこなんですか?」
「大丈夫です。地図もありますから。このすぐ近く、裏手通りですね。」
「・・・裏手っていうのが、何とも響きが良くない・・・」
「では早速行きましょう!」
不穏な響きに、不安が俺の頭一杯に広がるが、彼女はテンションが上がり過ぎているせいで、気にも留める様子は無い。
こちらの不安は伝わらないようだ。
(うん、これは何と言いますか・・・絶対にアレな感じだよね・・・)
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そんな二人は注目をされていた。
商会での出来事に、様々な憶測が飛び交っていた。
黒髪の青年は「何」をしたのか?と。
いやいや、ただバランスを崩して男が派手にコケただけ。
もしかしたら魔法を使ったんじゃないか。
絶妙なタイミングで足を引っかけたのか?
そもそも彼は何者か?
一瞬にして終わったその出来事を「捉え」られている者はこの場にいなかった。
瞬き一つせずにその一部始終を視野に入れていた者でさえ、何が起きたのか認識できた者はいなかった。
あまりの事に商人たちは誰も動かない。
本来なら新人には、「粉」をかけるものなのだが。
やれ、うちの商売はこれだ、いい商品があれば色を付けて買い取りする、入用のものがあれば安くしてやる、など自らの商売を説明がてら相手の情報を仕入れようとする。
その対応を見て、お近づきになるか、かみ合わなければ離れる、良いカモだと利用するか、などの判断を下すのだ。
だがどの商人たちも動かない。
見たものが理解できず、それを解き明かすヒントも無い。
どの商人も、情報が少ない、様子見するのが良いと判断している。
それが良かったのか、悪かったのか。
この日、二人に接触しようとする者は一人も出なかった。
そんな中、濁声男だけは「ぐぬぬ・・・」と、悔しいやら、慌てているやら、焦っているやら、かなり深刻そうに呻いていた。
「くそ!どうしてこうなった。上に報告しなけりゃならん・・・」
そう小声で呟いた言葉はその場の他の誰の耳にも入らなかった。
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目的地に着くまでに、通りにある屋台で昼飯を確保していく。
竹筒の様な形をした水筒に、弁当箱に肉、野菜、パン、を詰めて。
これが一般で普通らしい。アリルからまた一つ教わった。
大体、これで小貨三枚から四枚程度だ。
サラリーマンの昼飯にしては上出来だ。何て事を密かに思う。
弁当箱も水筒も俺は持ちあわせていなかったので、アリルに連れられて雑貨を売る店で良い物を見繕ってもらった。
その時にはもう不安など何処に行った?くらいに忘れていた。
単純な話、屋台で詰めてもらった弁当が予想以上に美味そうだった、それにつられて気分が上がったからだ。
さて、それは置いといて、ここでまず言ってしまおう。
店は屋台を組む所から始まる。アリルに教わり手伝いながら設置し、商品を陳列した。
それまではいい。だが、そこから大体30分の間に既に2回も、
絡まれた。




