462 降伏勧告と傷つくプライド
俺が相手を殺さない様にするときは指でチョコンと肩を突くのだ。
そうするとまるでフィギュアスケート選手の様に相手は高速で回転しながら吹き飛んでいく。そしてそのまま地面に横になってぶつかり、ゴロゴロと転がってぐったりと動かなくなる。
こうする事によって相手に致命傷を与える事無く、そして戦意を挫く事が可能だ。
段々とこのやり方にも慣れてきた。大抵はこれだけで気絶まで追い込める。こうして相手を制圧するのが今後とも良さそうだ。
だけどミルザだけは気を失わなかったようで「・・・うぐっ」と小さな呻き声を出して立ち上がった。
「な・・・何をしたお前・・・アタイらは一体何をされたんだ・・・」
彼女は立ち上がる際に冷静に自分の部下が既に戦闘不能に追いやられているのを瞬時に確認したようだ。
未だに立ち上がったその脚はフラフラしてはいたが、気を確かに持って、かつ戦力状況を確かめる事に注意が行くのは驚くべき優秀さでは無いだろうか?
ここで油断しない方がいい事は俺はもう学習している。まぁ残心と言うモノではあるのだが。
一番油断する瞬間と言うのは勝ったと気を緩めた瞬間だ、などと言うのはお約束みたいなもので。
俺が不用意に近づくのを待ってやられたフリをしている可能性もある。
離れたこの位置から俺はミルザへと話しかける。降伏勧告だ。
「なぁ?もう良いだろ?充分お互いの事が理解し合えたんじゃ無いだろうか?そうだな、俺がこのお前らの言う「お遊び」で勝ったとしても、アンタらに言う事聞かせるとか偉そうに命令したりしないからさ。それで手を打たない?」
この申し出にはひどくプライドを傷つけられたらしく。
「アタイを見下しやがってぇ!殺してやる!」
その言葉と共にミルザは力を振り絞ってまだ震える足を無理矢理一歩踏み出した。
俺はそれだけで動き出す。しょっちゅう相手の攻撃を冷や汗と共に受けるのはもういい加減したくない。
相手の動きを先ず見ようと後攻を決め込んでいる中途半端な覚悟でいるから、そんな思いをする羽目になるのはもう理解した。
加速状態に入った俺はミルザの前まで歩いて近づく。彼女の怒りの視線の先には俺はもう居ない。
(足を蹴ったぐって転ばせるか?話をしてちゃんと言質を取って「参った」って言わせないと落ち着かないし、意識は残しておいて力の差を「理解」までさせないと。こういう怒りで動こうとする奴は冷静になる時間を与えないといつまでも根に持ちそう)
自分たちは負けていないと強がるキャラクターって言うのは「負けた自覚」を強く持たせて、かつ、説得しないとまたすぐに暴れる傾向にいく。
「説得」と言うのはその負けた人物が尊敬する者が、「お前は自分の弱さをまだ自覚できないのか?」と優しくそして残酷に突き放すと言う演出の事だ。
大抵は負けた側が「負けた事実、弱い自分」を頭で理解していても感情がそれを許さないパターンだろう。
そういうのは非常に、まことに鬱陶しく、面倒臭い。
慰めたりして大人しくさせるのも手間がかかり、その後もケアが必要で、しかも「自覚」が在ろうと無かろうと自分を主張するのを止めないパターンも有る。
(蹴ると大怪我させそうだな。・・・地味だ。こうして相手を殺さない様にするのは非常に地味・・・)
俺はミルザの踏み出した右足の靴のつま先をしゃがんで指でチョンと弾く。
この動きははたから見れば何ともシュールだろう。もし目撃者が居れば「お前何してんだ?」とツッコミは必定。
この加速状態の中では俺以外が「動かない」事が今は救いである。
そうやって「仕込み」を終えて俺はミルザから離れ、加速を解く。
その瞬間にミルザは前方宙がえりを失敗したかのように、クルリと縦回転後に受け身を取れずに背中を地面にしたたかに打ち付けた。




