42 驚きの食事
「何ですかそれ?」
「いやなんでも無いよ。」
この世界には食事に関して「感謝」や「祈り」とゆうものは無い。
だから彼女には俺が口にした言葉の意味は分からないのだ。
この世の人は、美味しいものを生み出せる人物には「敬意」は払えるが、そこは、食事処では、料金に対して当たり前、と割り切っているのだ。
俺のような「生」に対しての感謝はしない。
と、そこで肉にかぶりついた。
後の事はあまり覚えていない。
たぶん無心で食べ続けたのだと思う。
皿に盛られた全てが綺麗さっぱり、気づくと無くなっていたから。
スープやサラダ、付け合わせの何か、そしてデザートであろう果実も。
「凄い食べっぷりでしたよ?」
そのかけられた言葉にやっと意識が戻ってきたほどだ。
ちょっと引き気味に言われたそれに、この世界に来て、初めて「恥ずかしく」なった。
(やばい、マナーやモラル、まさか、作法とかあったりしたのか・・・?考えなしに食いつき過ぎた・・・)
と、アリルの皿に目をやったが、彼女も「ペロリ」と全て平らげていた。
結構な量があったが、それが空になっているのだから、相当に美味かったんだろう。
味を反芻しているらしい彼女の顔は、かなりだらしなくなっている。
と、そこへジャストなタイミングで店長が飲み物を持ってきていた。
「お二人の気持ちのいい食べっぷりに御持て成しをさせていただきたく。」
見られていた事に「あらやだ」とアリルが口元を恥ずかし気に手で隠す。
そこでテーブルに並べられたのは、泡がプクプクと浮かび、シュワシュワと音を立てる透明なそれだった。
俺には前世で見慣れたモノ。
だがアリルは珍しい物を見る目でじっとそれを見ている。
炭酸水。
確かにそれは炭酸水だ。
「こちら、ウチでしか飲めない自慢の一品!」
自慢げにそう宣言した所に俺は口をはさんだ。
どうしても確認せねばならなかった。そうせずにはいられなかった。
「これ、炭酸水・・・ですよね?」
「おや!こちらを知っておいででしたか!」
俺はそれになんと返したらいいのか迷った。
「ええ、・・・えっと、その・・・」
「そちらのお嬢さんはどうです?」
「こんな不思議な水は初めて見ました。」
驚きの表情と、その言葉に満足したのか店長は続けてこう締めた。
「うまい食事に言葉は無用。こちらは本来なら料金を別で頂きますが、この店に初めてのお客様には無料でご提供しております。どうぞご遠慮なく飲み干してくださいませ。」
そう勧められ、俺もアリルもそれをグイグイと飲んだ。
そう、まさに前世で飲んだ「あのまま」で驚きを隠せない。
炭酸の刺激とさっぱり感が、食事の余韻で一杯な口内を洗い流し、そこで食べ終わった実感が、腹の奥から湧き上がってきた。
これを飲んで始めて、この「食事」が終焉した。と言える完璧さ。
これだけのモノは前世でも味わった事が無いほどの満足感だった。
それを見透かしたような、続けての店長のご満悦なセリフ。
「お心持ちの方、落ち着きましたら御代は出口横のカウンターにてお支払いを。」
店長はそう言ってから深い一礼をして、やはり、キリッ!と踵を返して厨房に向かう。
その後ろ姿にはもはや俺には偉大さすら感じ取れる程だった。




