402 監視員の憂鬱
監視員として私はこの男の動向を探る様に、直接、丞相殿から仰せつかった。
将来は将軍職に一番近いと言われたこの私がだ。そんなちっぽけな仕事が何故私に?と不思議で仕方が無かった。しかし役職に就かず、しかしその腕前を買われ、直に将軍から「次はお前に任せた」としっかりと次を継ぐうえで「弟子」扱いして貰えている私にとってこうして丞相殿からも「お墨付き」を貰えるこの状況は別段悪いモノでは無かった。
だが、この仕事を受ける上で直接丞相殿と面を合わせて話を受けるのに何の意味が?と思った。しかし今この場で私はその疑問の中身をすぐに理解した。
私にこんな理不尽な事が世の中には有ると、そう教育するためだったと。
丞相や将軍の本当の狙いは違うのかもしれない。しかし私がこの目で見たモノはそれを肯定してしまう光景だった。
私の剣の腕前は将軍に匹敵する。自惚れでは無い。そう認めて頂いた。将軍との稽古で。
軍略の面でも成績は上位を取っている。勉強を人二倍はした。その自負もある。
しかし、そこまでの成績を、強さを持ってしても私は地位のある役職に就けなかった。
それは私が偏に孤児院出の、たまたま王国騎士団に拾われた身だからだ。
話が脱線してしまったが、今、私の目の前で起きている事実を話して誰が信じてくれるのか?
ラウンドエイプスがこんな成人したばかりの少年に首を軽く飛ばされている光景。
動かなくなったその巨体の首から頭がごろりと地面に落ちてズドっと鈍く響く振動を起こしている。
残った身体から雨の様に、そう、あんな巨躯の中をめぐる大量の血液がブシャーと音を立てて辺りに巻き散らかされている。
地面に落ちたその魔獣の頭、その目と私の視線が交錯した。
私、そして、ラウンドエイプス共に「信じられない」と言う意思が伝わってくる。
その中身は互いに違った内容だとしても、私とこの魔獣はこの一瞬だけは共感したのだ。
そう、その長いようで短い時間は魔獣の命の尽きた事によって終わりを告げた。
終わりを告げたその時に今度は立っていられなくなった首無し死体がドスンと前のめりに地面に突っ伏した振動が私の足に届いた。
「綺麗に残すには一撃、かつ、それでいて確実に命を刈り取る事が大事だな、うん。」
私はこの男が、黒い髪、黒い目をした、まだ子供と言っても差し支えない幼い面持ちの少年が何を言っているのかとすぐさま分からなかった。
だがしかし、その続きを訊ねられて答えに迷った。迷ってしまった。何せ前例が無い。
私の知っている情報にそんな「あり得ない」事など持ち合わせが無い。
「コイツ、いくらで売れるかな?ちょっと参考程度に教えてくれない?」
思考が追い付かずにいる私の顔はきっと彼を心配させたのだろう。
「あ、やり過ぎた?・・・違うな、コレは「あり得ない」って感じか。ちょっと安易に思考が陥ってたな、コリャ。」
何やら自分だけで納得している彼を見てやっと冷静になれてきた私は、求められた答えを何とか絞り出そうと口を開く。
「・・・正直、値段は付かないだろう。もちろん、良い意味で、だ。いや、悪い意味も含むな・・・」
これには彼は少し驚いたようだ。悪い意味、と言う点に反応してしまうのは当たり前だろう。
その証拠に「良い意味」と言った所では顔をパッと明るくしていたのだから。
説明を私は続けた。
「今までに、こんな、そう、こんな傷一つ無いラウンドエイプスの全身が市場に出回った事は前例が無い。むしろ、出せば史上初と言った所だろう。その騒ぎは何処まで反響が大きくなるか計り知れない。大昔、騎士団が全身全霊を賭けて狩った時には全身傷だらけで、それこそ使える部位など残っていない程だった・・・それでも好事家が競って金を出して王国から買い取ろうとしたその時の金額は・・・」
そう言いかけた時だった。遠くから聞きなれない動物の鳴き声が響いてきた。
その響きが何なのか解らなかった私がふと馬車の中を見れば、その鳴き声が何なのか知っていたのか、お嬢さんたちも、その奴隷だと資料に書かれていた男もブルブルと震え出した。
このお嬢さんたちが何者なのかは目下調査中だと資料には書かれていた。
何事かと心配してみればその答えが街道の横に広がっている森から飛び出してきた。
その瞬間、私は身構えたが、それが無駄な抵抗だと察するに余りある魔力の塊が飛び出してきていた事を感じ取った時には、私はその存在に恐怖せずにはいられなかった。
その存在はラウンドエイプスなど取るに足らないモノだと感じさせるのに、過剰過ぎる程の魔力をその身から溢れ出させていたからだった。
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私は彼を商業都市に送り届けたその後、王国に戻り報告を上げる際にこう付け加えるのだった。
「私をもう二度と「彼」と関わらせないで欲しいのです。もし、今後そのような命令がもたらされた場合、私はこの騎士団を辞めさせていただきます。」
この言葉に丞相も将軍も険しい顔つきになった事をいつまでも私はきっと忘れないだろう。




