35 落差
「いやいやすまんな、お嬢さん。先ずは非礼を詫びよう。ワシの名はボーナッツだ。改めて挨拶をさせてもらうよ。商会へようこそ。」
壁際で震えていたアリルがワンテンポ遅れて挨拶を返す。
その声は緊張か、まだ震えが止まっていないのかどもっている。
「あ、アリルです。よ、宜しくお願いします。」
これで面倒が終わって、はぁ、と一息ついていた俺の横に、アリルが並んで何やら頭を捻っていた。
「・・・もしかして・・・?え!?・・・え!?ええぇ!」
隣でいきなり奇声を上げられても、俺には何が何だか分からない。
「まずは落ち着こうか。そちらの椅子に掛け給えよ。茶を出そう。」
勧められるがままに椅子へと腰を落とすが、いまいちおさまりが悪い。無駄に装飾過多の椅子だからだろうか?だがクッションは包み込むような柔らかさで、それが何とも見た目とのバランスが取れていない。
モヤモヤしていたら給仕であろう女性がやってきて、サッとテーブルにお茶、茶菓子を並べた。
慣れているだろう動きで乱れ一つ無く、終われば「スッ」と音も無く去っていった。
前世での営業周り先の会社での事を思い出す。
(なんでか嫌われてたのか、ペットボトルの茶を雑に「ドカッ」とテーブルに叩きつけるように出された事があったなぁ)
そことは別に取引が上手くいって無い訳ではなかった、決して。
そんな思い出に苦笑いがつい出てくる
そんな、前世でも見た事が無い程の流麗な所作に見とれていたら、隣ではアリルが立ったまま座らず、その場でオロオロしていた。その顔も少々血の気が引いて青くなっている。
挙動不審過ぎて余りにおかしいので聞いてみた。
「何でそんなに落ち着きが無いの?」
「こ、この都市の、商会長が、う、受付をしてるなんて・・・信じられない・・・」
(あーこの人、一番偉い人なのか。でもそんな人物が大っぴらにこんな事したりとか。おかしいよな?)
こちらのそんなやり取りを汲んでボーナッツは声を掛けてくる。
「さて、そこら辺の諸々も含めて説明しよう。びっくりさせてすまなかったな。さ、遠慮せず座ってくれ。」
ボーナッツは最初見た印象からがらりと変わって、穏やかな声の好々爺になっていた。
「し、失礼します。」
それで少しは緊張が解けたのか、アリルもやっと椅子に座った。
(あー、これウマーイ。お高いのかな?)
俺はそんな事を気にも留めず、早くも茶と菓子に手をつけ、のんきな事を考えつつ、何をこれから質問しようかと頭の整理を始めておく。
余りにもギャップがあり過ぎる対応には大抵、理由は付き物だ。
「今日はもう閉めて構わん。諸々の後処理は経理部に回しておくように。」
彼はここのスタッフだろう男性に指示を出した後、対面の椅子にドカッと腰を下ろしてこちらへ「人の良い笑顔」を向けて話し始めた。
「では少しばかりワシの昔話を聞いてくれんかね?」
そこで後ろから、あの大きな入り口のドアが閉まる音が響いた。




