34 ランドルフの視点
手加減しなくていい、などと言われても、この様な体の細い青年を自分の本気で殴れば、最悪即死してしまうだろう。
雇い主は一体何を考えているのか、と訝しむ。
だが加減はしない、ただ手心は加えるつもりだった。
いつもなら自分が出てきただけで大抵の奴らはビビッて金を払おうとした。
抵抗してくる者は一発殴ってから「説明」に入る。
だがこの青年は飄々としていて危険すら感じてはいない様子だ。
恐怖でじりじりと今でも後ろに下がり続けているお嬢ちゃんの方が普通の反応だ。
(こいつがどれだけの腕前かは、事が済んだ時に分かる事だ)
何時もどおりやるだけだ、そう思い拳を握りこみ、ゆっくりと力を全身に込めながら構える。
(狙うなら肩辺りか。顔に入れば本当に殺しかねん)
人殺し、そんな事は御免だ。
そこまで思ってから一気に目標に向け、全力の一撃を振り抜いた
「ブワッ」っと風の唸る音が耳に入り、次の瞬間
~~~~~ ~~~~~~
相手が吹き飛んで床に倒れ伏す・・・・
~~~~~ ~~~~~
絵面が頭に浮かぶ。
が、手応えが無い。
そこに温かい感触が拳に添えられる。
(なんだ!?受け止められ・・・!?違う!見切られた・・・そうでは無い!?どうやって!!?)
驚愕、戦慄、疑問、それらが背中に雷撃となってほとばしる。
そのあまりにも得体の知れない出来事に目を見開いてしまった。
「まだ続けますか?」
そう聞こえた時、全身が震えあがった。咄嗟に横殴りに腕を振るう。
今度は当たる、そう思った。
だがまた手応えが無い。
何時の間に動いたのか見えない。視界から消えた。
振った拳の向く正面にその青年は居て、またも先程と同じ、私の拳が止まったと同時に手を添えてきていた。
どんなカラクリかわからない。認識できないとは恐怖そのものだ。
その焦りから、ただその青年を振り払う為だけに、そのまま連続で振り上げ打ち下ろしの二連撃を放った。
自分には自負があった。傭兵ギルドでも上位ランクにあった実力は自惚れじゃない。
ある事件で負傷し、引退をするまではこの剛腕一つでやってきた。
その強さを買われ、この商会で用心棒をやる事になったのだから。
だがここにきてこの青年は何なのか?
二連撃の攻撃も躱される。そのまま空振りした攻撃で体勢を崩した私は無防備にも今わき腹をさらしていた。青年の姿は目の前に無い。
それもそうだろう。彼は私のすぐ後ろに無造作に立っていた。どうやって回り込んだのか見えなかった。
実戦ならもうこの時点で私は殺されていただろう。
こちらの攻撃を、反撃するでもなく、受け止めるでもなく、それとわかる様に避けるでもない。振り切った硬直の一瞬に手をそっと添えただけ。
さらにはこちらの最後の二連撃は当たらず、それを避けたばかりか背後に回り込んできた彼はこちらに一撃も加えてこない。
それがまた、はっきりと言ってしまえば「恐ろしい」。
まだ魔法で反撃された方が納得がいく「恐怖」だ。
そんな青年は今も「どうすれば終わりなの?」と片眉を上げ首を少し傾けて困っているのだ。
それをみてゾッとしてしまった。得体が知れないばかりか、強さの底すら見えない。
そこへ助け船が出た。
「もうそこら辺でいいだろう。予想からだいぶ斜め上、いや、遥か彼方かな?」
それは雇い主の声だった。




