332 算数すいすい
足し算、引き算、掛け算、割り算。先ず教えたのは小学生レベルの算数。
地面にナイフの先で字を書いて、計算式を書いて、と本当に簡単な基礎を教えた。
驚いた事に子供たちはあれよあれよとそれらを吸収して二時間ほどで教える事が無くなった。
ちょっとした応用問題も触りだけ教えただけで理解してしまった。
(何だろう?乾いた砂漠に水をドバドバ流して全部飲み干された感・・・)
子供達は今まで生きるだけに必死で必要なモノ以外を頭に入れていなかったからなのか、余っている容量にガンガンと学んだ事を突っ込んでいるかのようだ。
もう既に俺が算数で教える必要が無くなり、各自で問題を作ってお互いに解かせ合うように促した。
(こんな世界で高等数学を教える意味も無いからな。つうか、俺、そもそも数学苦手なんだよ・・・)
ちょっと自分の学生の頃の成績を思い出しそうになり頭を振って忘れるに務める。
テーブルや椅子を魔法カバンに仕舞い、テントを取り出す。ついでに寝袋も。
もう辺りは暗くなり始めている。それだけ子供たちは時間を忘れる程に自分たちの学んだ事に夢中になっていたようだった。
「お前らそこら辺にして、もう寝るぞ。明日は森に出かける。」
王国から連合国に向かう道はうっそうと生い茂った森だ。この道が一番距離的に近い。そう爺さんに教わった。
こちらのルートは今は使われておらず、連合国に向かう際は少々遠回りになるが別ルートが今は常識らしい。そちらは大草原とも言うべき道で馬車での運行もある。
だが俺は独り旅を目的にしていたし、人と関わり合う確率が一段も二段も低くなるだろう使われていないルートを選んだのだ。
だがそれもこうして子供たちとエンカウントした後では遅いのだけれど。それでも子供らに狩りを教えると言った手前、森が目の前は都合がいい。
早くに寝るにあたって、そんな立派なものではないが予備のマントや大きめのシーツを出してやり、子供たちに渡す。
コレで少しはましに寝る事ができるだろうと思って渡したつもりだった。別段憐れんでいた訳でも同情していた訳でも無い。自然と何の気も無く渡しただけだった。これを使って寝ろと。
着の身着のままで寝転がる子供たちを見て、上に掛ける物くらいはと。
次の瞬間俺はギョっとした。ボロボロと子供たちが泣き出したから。
グスグスとぐずる音が響く。こんなちょっとした事でここまで泣かれるとは何処まで酷い生活だったのだろう?
これまで人の温情と言うものを一切感じられる事の無い人生だったのかと。
(重い・・・実に重いわー。俺なんかがこんな場面でどんな言葉を掛けろっちゅうねん・・・)
不自由にしか生きられなかった子供たちに、不自由なく生きてきた俺が慰めるなんぞできる訳が無い。その資格さえ無い。
俺はバツが悪くなって何も言わずにテントの中に入り独り寝袋に潜り込んで目をつぶる。
別に子供たちの分のテントを出しても良かった。寝袋もまだ一つある。けれども俺はそれを出さない。
意地が悪いのではなく、コレからやっていく狩りで得た獲物を売った金を貯めさせて彼ら自身に買わせるつもりだからだ。
そうやって徐々に充実を図り、独り立ちできるようにしていく方針だ。
(まあそれにしたって、その基本になる最初の弓と矢は俺が武器屋で買って与えるつもりだけどな)
あれやこれやとこの先に子供たちに教える事の計画を考えつつ眠りについた。




