3 『俺』と「俺」
自分の事は思い出せた。
まともじゃないな。自分を客観的に見てまず思い付いた感想はそれだった。
割とへこんでしまった所へ突然の睡魔がくる。
(腹が満ちてお次は睡眠か・・・つくづく赤子というのは仕方が無いものだ)
身体を自らの意思で動かせないのに、意識を眠気に無理矢理もっていかれる。
(今は仕方ないかもしれないが、いつかは自由になるのか・・?)
未だ目が開かず真っ暗な所へ思考にも薄っすらと黒いベールがかかって眠りに落ちていった。
また赤子の泣き声で意識を覚醒する。
排泄物の不快感と空腹で泣いているようだ。
今、何を・・・?不快感?何故それを感じることができたのか?
どうやらほんの少しずつではあるが感覚がリンクしていっている。
安心した。このまま意識だけの存在のままで居続ける訳でなくて。
未だ言っている事は解らないが、声掛けされつつ排泄の処理をしてもらっている。
その後は授乳だ。その間にまた思い出す事に意識を集中する。
今度思い出すのは今に至るまでの経緯だ。
すぐそばから男性の憔悴した声と女性の毅然とした声がしている。
何か会話をしているようだが俺には未だその内容は解らない。
この二人は夫婦で、俺はその子供なのだろう。
生まれ変わりとか、転生なんてものは自分は信じちゃいなかったが、ここまできたらこの身に何が起きているかは実感してしまう。
それを踏まえて頭の中の違和感、モヤモヤに意識を向け思い出し始める。
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その日の朝はやけにスッキリした目覚めだった。
(よし!今日は昨日配信された新キャラのやりこみだ!)
この頃は格ゲーの方に熱を上げていた。もちろん筋トレ、ラジオ体操代わりの型稽古もやっている。
その時間を確保するため、仕事は最低限に、残業はせず、その為にノルマは月初めに即達成。
趣味のために、無駄に優秀さを発揮して仕事をかたずける日々。
そして休みの日はこうして朝から夜まで趣味三昧だ。
その事で上司に説教されかけたが、キッパリと切り返したらその後は何も言われなくなった。
「俺は趣味のために仕事してるんで。」
たぶん呆れられてしまったのだと思う。その方が煩わしくなくていいのだが。
それでも同僚、先輩は未だに小言を俺に言ってくる。
やれ、周りと合わせろ、やれ、もっと上を目指せよだの、お前なんなの?だの。
その全てを無視、又は軽くあしらう。聞く耳はない。
(どいつの言葉も薄っぺらに聞こえるぜ?誰でも自分の身が一番かわいいものだろ?)
さて、そんな事を頭の隅に追いやって、はて?と起き上がろうとしたら、あからさまに異常な景色が目に飛び込んできた。
『俺』が「俺」を俯瞰している。
ベッドには「俺」がまだ寝息を立てて眠っているのだ。
なのに『俺』がそれを見下ろしている。
幽体離脱?それとも夢か?
こんな状況を即座に受け入れる器なんて持ち合わせていない。
パニックには陥っていたが、同時に軽くも見ていた。
(どうせ夢だ。楽しめれば儲けもの)
だがその甘さは次に起きた衝撃に吹き飛ぶ。
「よし!今日は昨日配信された新キャラのやりこみだ!」
う~ん、と起き上がり、背伸びをした「俺」が口に出したのは、目覚めた『俺』が頭に「浮かべた」言葉だった。
それは直感というものに近い何かだった。
これはきっとマズイ!
そのすぐ後「俺」はいつもの休みの日のルーティーンをこなしていく。
トイレを済ませ、歯を磨く、朝食の準備。ベーコンエッグとトーストだ。
(おい!どうなってんだこれ?!じ、自分の身体に戻れねぇぞ!)
焦りと共に極僅かずつだが『俺』は上へ上へと浮いて行っている。
いつもの自分はいつもどおりに。
いつもと違う自分はどんどんと浮き上がる。
泣いても叫んでも状況は好転しない。どうすることもできない。
混乱の内に『俺』は天井に沈み始めていた。
(俺が何したっていうんだ・・・)
絶望と共に諦めが思考を染めて、その後に大きな疑問と、それと同じぐらいの大きさの不安がおしよせる。
(何が起きてるんだ俺に・・・これからどうなるんだ俺は・・・)
この世で最後に耳にする言葉は
「今日1日かけて新キャラの有効な連携編み出すぜぇ。」