268 閑話 繁栄と調和を
「主様が居なくなってどれくらいか・・・皆は寂しい事を隠すつもりは無いみたいだが、それでも受けた命令は絶対だ。ここを出て主様の後を追うと言うのは許さないぞ?」
私はこの森の警邏の途中そう皆に警告をする。
カルディアは頷いて返してくる。
「きっと主様はまた姿をお見せに来てくれます。だからその時にしっかりと命令を守っていた事を褒めて頂くのです!」
そう気合と共に張り切る彼女の姿を見て溜息を吐く。
「肩に力が入り過ぎだ。いつも通りでいい。カルディアの言う「その時」まで精神が持たないぞ?」
エルフたちの間では私はかなりの硬い性格だと思われているが、今のこの五人の前ではそこまでではない。
「やっぱり森の中があれから安定し始めていますね。」
「魔獣の縄張りも穏やかに思えます。」
「木々の成長は変わらず激しいみたいですけど。」
「森の豊かさには変わりない。」
他の四人はこうして何時も通りに森の警邏に励んでいる。その様子は我々が奴隷として捕まる前と何ら変わらない。
もう二度とあんなマヌケな事を繰り返さない様に神経を集中して、魔力の流れや変化を警戒して森の中を進んではいる。
「皆、魔力に異変を感じる・・・この先だ。どうする?」
私は皆の意見を聞くためにそれぞれの思い思いの発言を許している。
最終的には私の判断を元に行動に入るが、その時、大抵は反対意見や勝手な行動を取る者は居ない。
しかしだからと言って私に最終的な全ての責任がある。安易な決断はしない。
「一旦戻って報告?」
「いや、長老の話は長い。それはダメ。」
「このままできる限り近づいて様子見するのが良いんじゃない?」
「何処までが限界か見極めは必要だけど危険が・・・」
こうしてやはり意見は二つになる。帰還か、偵察か。
「一人は戻って報告。そのまま待機。残りはこのまま警戒しつつ現場へ。それで行きましょう。」
こうして「一旦戻る」の提案をした彼女を帰還させて私たちは奥へと進んだ。
そしてその異変の中心部で見たモノは「異様」だった。
「セレナ!これはマズイ!すぐに戻ろう!」
カルディアがそう叫ぶ。他の皆も同じ意見だった。
「まだだ。まだこのまま経緯を観察する。」
私のこの決断は反対意見を作り出した。
「これはどう見てもこれ以上ここに留まるのは危険!」
「すぐに戻って応援を呼ぶべき!」
「このままじゃ私たちにどんな影響があるか分からない!」
その反対意見への解決策はこれしかない。
「皆は戻ってくれ。私はこのまま見届ける。」
この発言に皆は即行動に移した。そう、この場に皆残ったのだ。
私はそれに驚いた。それは主様に会う前、それよりもっと以前なら彼女たちは素直にこの場から離れて即帰還を選んだだろうから。
「貴方一人残していける訳無いでしょう?もう!」
カルディアのその言葉に心の中に温かい何かが湧き出てくる。
「ありがとう」その一言を絞り出して私はその光景を観察し続けた。
そう、私たちが今見ている魔力異変。それは目の前に魔力の流れがわずかな小さい空間に収束していっている現象。
それは魔力結晶ができる瞬間。微かに光る青い小さい粒が収束し続けて、やがて砂粒程の大きさに塊を成していく。
その恐ろしくも美しい光景を緊張と共に見つめ続ける。
そうしているうちにやがて魔力結晶は小指の爪程の大きさにまで成長する。
「初めて見た・・・こんなのって・・・ありなの?」
これまでは「出来上がっている」モノを見つけて大勢で「排除」をしてきたのだ。魔力結晶は固く、硬い。
その出来上がる前の状態から「成る」所を最初から最後まで見る機会など今まで無かった。なのでカルディアはここまで驚いている。あまりにも感じる魔力の量が異常だからだ。
爪の先程度の大きさになるだけでも莫大な、それこそ異常と呼べるだけの魔力が必要。
だからこそのカルディアのそんな呟きが聞こえたが、その驚きもまた上書きされる程の出来事が起こる。
ここまで成長した魔力結晶は自然に崩壊する事などあり得ない。
その有り得ない事が一陣の風と共に発生した。
金属を叩いた様な甲高い音をどこまでも響かせて魔力結晶が砕けてしまった。
私も皆もこれには口を大きく開けて唖然とするしかなかった。冷静ではいられなかった。
「まさかあれほどの大きさになった物が自然崩壊を・・・?」
しかしその異様な事態が発生したにもかかわらず、辺りには光の粒がまだ浮いて広がりを見せて美しい光景を広げている。
その美しさにも意識を向けられない程、我々はいまだに驚きから抜け出せずにいた。
その光が収まってから私はやっと推測を展開し始める。
(まずは起こった事を一つ一つ確認していかなければ・・・どんな小さい事でも見逃さずに・・・)
「皆、目の前で起こった事に対して気付いた事は?」
私はこの質問を皆の目を一人一人と見つめて意見を促す。
「魔力の異常は結晶ができる事前兆候だった」
「何時も通りに排除する。後はそれだけ、のはずだった」
「だけど結晶は自然に砕けた」
その意見は誰もが思い浮かべるだろう。この一つ一つの出来事の中にきっと結晶が砕ける兆候、その切っ掛けが埋もれているハズなのだ。
だから私は目の前で結晶が産まれる辺りからの見たモノを思い出し続ける。
「ねえ?結晶が砕ける前に何か感じなかった?誰か風を使った?」
カルディアがそれを聞いて誰もが小さく横に首を振る。
「皆、風が吹いた事は感じたんだな?だとすればどちらから吹いてどの方向に過ぎて行ったか確認したい。どうだ?」
私もその風を感じた。だからこそカルディアの疑問が答えを導き出すと思って皆の確認を取る。
それは誰も同じ方向を指さしている事で推測が立った。それは。
「風が吹いたわけでは無いな。「吸い込まれた」んだ。しかもその方角は・・・」
それは巨大な魔力結晶がある方向。そう、我らが故郷の方角。
あれだけの結晶が魔力を吸収されて安定せずに砕けてしまうほどの「流れ」が一瞬でここまで「繋がった」。
それはどれだけの規模だと言うのだろう?それを想像して私は震えた。
荒唐無稽とも言える推察だが、主様が仰っていた通りの事が今ここで発生したのだから。
「すぐに戻って「例の結晶」を確認しに行く。皆、全速力で戻って確認するぞ!」
この一言で全員が大体の事を理解したのか緊張が皆の中に走る。
そうして戻って来た時に出迎えてくれたのは先に帰還していたエルフだった。
しかもその顔は少し青ざめている。
「どうした?何があった?」
彼女は冷静ではいられないと言わんばかりに動揺をしていたが、私の言葉に意を決して口を開いた。
「芽が・・・芽が!・・・出ています・・・」
未だにその自らの言葉に信じられないと言った様子で彼女はただその一言だけを口にした。
しかし私はその一言だけで驚きを隠せなくなった。
「それは本当か!?皆!早く地下に行くぞ!」
全てを理解した。そして主様の言っていた事の全てが「真実」だと言う事も。
長老の家は魔導器によって結界が張られていて、関係者以外のエルフたちが容易に入る事を禁じていた。しかし我々が入るための許可は「あの一件」の時により既に出ていている。こうして我々はすぐに中へと駆け込んだ。
そうして駆け付けて見たモノは巨大な切り株を前に膝を付き涙を流す長老だった。
「長老!こ、これは・・・!?」
とうとう大声を出してしまったのは仕方が無い。切り株、その中心に据えられた魔力結晶。そのすぐ下、そこには小さな芽が新たに生まれていたから。
その芽はみずみずしく、魔力の光を発し、生命力が漲り、その小さな存在を何百倍にも感じさせている。
それだけでこの場にいる誰もが魂から理解したのだ。
「世界樹」その主様の口にした言葉。それが今、再生されたのだと。
周囲から結晶に収束する魔力の大いなる流れができ、しかし結晶から生まれたての芽へと魔力が吸収されていく。そしてその魔力は「世界樹」の切り株から大地へと還元され何処までも広く、大きく、限りなく広がっている。
そんな映像が刹那に私の頭の中に流れていた。いや、この場にいる全員の中にその光景は流れていたようだった。
自然と涙がこぼれてくる。それは皆同様だったらしく困惑が隠せないでいた。
理解できない湧き出てくるその感情に涙が止まらずにいた。
「皆に話すか・・・こうしてはおれんな。招集をかける。皆に広場に集まる様に触れを出してくる。後からお前たちも来なさい。」
長老がそう言ってこの場を後にしていく。私たちはまだ自分の精神に整理が付かづに立ち尽くしたままだ。
「こうしていても時間だけが無駄に過ぎて行く。長老の言ったように広場に向かおう。皆、行こう。」
新たに生まれたその芽から視線を中々逸らす事ができずにいたが、やがてゆっくりとその場を皆、後にする。
そうしてしばらくの時間が過ぎてエルフ全員が漏らさず広場に集まった所で長老が話を始めた。
我らは大いなる精霊の樹の守り人の末裔である事。
しかし樹は神々の戦いにおいて切り倒されてしまった事。
その跡地に今の我らが住んでいる。その事実は長老のみが受け継いでいた事。
いつしかまた新たに生まれる精霊の樹のために密かにここを守ってきていた事。
そして今、その受け継いできた「約束」は新たなる命の生まれによって成就した、と。
その樹と新たなる契約を交わし、この先も永遠なるエルフの繁栄と調和を結ぶ時だと。
そうして順に長老の家の地下、我々が見たモノを皆に公開していった。
それを見たエルフの誰もが涙を流す。そう、それは私が感じた同じものを全員が感じた証拠だった。
(今ここで我らエルフは新たに生まれ変わる・・・それが主様がもたらしたモノだと知っている者はホンの一つまみの人数しかいない)
私は主様へと崇拝の念をより一層強めた。まるで我らに寄越された神よりの使者のようだと。
(しかし主様は神を殴りたいと仰っておいでだった。ならばそのような考えは主様に失礼か)
こうして今日、エルフと言う種は新たなる門出を迎えた。
新たなる誇りと信念。そして今以上の繁栄を。
『この転換点よりエルフは森での活動範囲を広め、生活も向上しはじめ、勢力を広げていく。のちに十五年後、アルバートが皇帝になった帝国とも国交を付けて対等の契約を結び繁栄していくこととなる。この森の奥地に城が建ち、その中心にこの世のモノとは思えない程の巨木が立つことになるのだが、それはこれから五十年よりのちの話となる。エルフは文字通り繁栄と調和を得て大国となるのだが、そんな未来を想像出来る者はこの場に一人として居ない。』




