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229  孤独の◯◯◯

 さて帰り道は非常に簡単だ。言うなれば真っ直ぐにしか進んできていないから。

 このまま城を出て真正面の大通りをまたそのまま直進すれば入ってきた門に辿り着く。

 王国の一番「初め」からやり直して気分を一新しようと思って今、もうすでに門の近くまで来ている。


(そう言えばキマイラをまた置いて行っちゃたな。て言うか、あいつすぐ姿が消えて見えなくなるからなぁ)


 どうでもいい事を頭に浮かべながらこれからの指針を考える。

 まずおさらいだ。王家の問題は俺にはこれ以上関係無くなった。後は王女様、丞相たちが頑張るだろう。

 王女様が「女王」にクラスチェンジするのに向けて城の中はゴタゴタするだろうし、その間はしばらく王国に滞在できるだろう。しかし直ぐに俺の事を捜索してきている兆候が見られれば即座に逃げるつもりだ。

 まあそれまではかなりの時間が掛かるだろうし、それよりも王女様の実績づくりが重要でそれどころじゃないだろうと言うのが実際だろう。

 ここで王女様が周りから文句が言えない位の「成果」を出すのは確実だと思っている。何故なら丞相もその周りの大臣も優秀そうだった。そんな彼らが脇を固めてしかも敵対勢力も排除済みなればもうそこに疑いの余地は無いに等しい。


(あ、あの小太り大臣は何だったんだ?キマイラが出てきた時にチラッと見えたけど完全に泡を吹いて気絶して倒れてたし)


 いわゆる「道化」の立場に置かれているだけの大臣な事を俺は思いつかなかった。仕方が無い。そんな政治家の考えてる事なんて俺が知ったこっちゃ無いのだから。

 それこそファンタジーの基本とも言うべき中世ヨーロッパ風な世界の、そのまたしかもその政治の内情なんて一般人の俺が普通知るはずも、想像できる情報も持ち合わせていない。


 関係無い事はすぐに忘れようと次に必要な事を整理する。

 その前に腹ごしらえをしないと頭が回らない。食事は大切だ。それと食堂であればいろんな情報が聞けるはず。


「腹が減っては戦はできぬ。戦じゃないけど。せっかくここまで来たんだから王国でしか食べられない特産品とか無いかな?」


 独り言をつぶやいてしまうのは仕方が無い。何せ寂しいのだ。人は一人の時間が長くなりすぎると二極する。

「一言も喋らなくなる」か「気を紛らわせるために独り言が多くなる」かだ。

 俺はどうも後者に値するらしい。ここまでに周りには常に人が居た。それは否定しない。村では家族、その後はアリルと関り、エルトスがいて、エルフの従者が付き、帝国ではキマイラが付いて来て、ここにきて王女様だ。キマイラは魔獣だけどカウントする。こちらの言葉を理解しているみたいなので相手としてリアクションを返してきてくれる存在は大きいモノだから。

 だけど俺は「独り」だ。それでも孤独だ。それは俺がこの世界においてイレギュラーだと言う事だ。

 忘れがちになるが、だけどどこまでも俺に付き纏う事実。結局この世界の存在として「自覚」できないからこその孤独。

「自分の為だけに生きる」それは寂しい事なのだろうが、そうやって生きる事でしか自分を前に歩かせる事ができない。この世界に俺が「したい事」は存在していないから。

 人はそれを絶望と言うのだが、それすらも見なかった事にして前に歩かなければならない。それが俺の隠遁生活という目標を立てさせる理由なのだからどうしようもない。


 そうやって思案に耽っているとそこかしこに客引きの兄ちゃんが呼び込みをしている大通りに来た。

 独り言を呟いた時に聞いた方が早いと思って門兵に聞いておいた。食事処なら大通り、と勧められて自然とこの通りに足を運んでいた。

 その時に、黒髪なんて珍しいな、と付け加えられて苦笑いを浮かべてその場を去ったのは言うまでもない。門兵は治安を守る仕事だ。その一環として俺に声を掛けてきたのだろう。それにしてもその兵も軽い対応だとは思う。いや、俺に声をかけてきてくれた人たちは全員がそうだ。何せ「珍しい」と付けて声を掛けるのに、そこに「怪しい」というニュアンスが感じられ無いのだから。

 良く言えば「おおらか」悪く言えば「危機感が無い」。しかしそれ以前に「そんな事にいつまでも構っていられない」という刹那的な判断も含んでいるのだろう。自分の不利益にならなければその場のただの「話のネタ」くらいにしか捉えていないのだ。それは自分の生活が脅かされなければ大した問題じゃないと言う極ありふれた意識なのだと思う。


「さあさ!寄って行ってよお客さん!今日のお肉は期間限定!数量は後僅か!たっぷりと甘い脂の乗った、なんとグレートボアのお肉だよ!うちの料理長が腕によりをかけて下拵えした肉は口の中で柔らかくて溶ける様だ!しかもそれだけじゃないよ!その旨味ときたらもう忘れられない位に濃厚!何時までも味わいたくなる!飲み込みたくなくなる!これが喉を通り抜けて腹に収まる幸福は次にいつ食べられるか分からない!絶対に後悔はさせません!さあさ今すぐその至福を味わいたい方は私のすぐ後ろ!「腹減っ亭」へおいでください!」


 そんな俺の耳に入ってくるのは一際印象に残る声の客引き。そして何とも言えない店のネーミングセンス。

 心惹かれる肉の説明と、思わず笑ってしまった店名に入らずにはいられない。

 俺はそこへ吸い込まれるように店の扉を開けて入っていく。

 その後ろから案内の声が響き渡る。店の前で客引きしていた兄ちゃんだ。


「いらっしゃいませ!ごゆるりと至福のひと時をお過ごしください!」

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