22 己とは
後で父が教えてくれたが、俺が仕留めたのは魔獣と呼ぶ代物だと言う。
家に帰る途中ですれ違う村人たちはそれを目にして恐怖に震えていたり、驚愕して表情が可笑しな事になってたり、硬直して身動ぎ一つしなかったり、叫び声を上げてたりと様々だった。
家に着いたら着いたで、母に至っては腰を抜かして尻餅を付いた後、余程のショックだったのか気絶してしまい大変だった。
母を起こし事情を説明して「朝に約束したからね」と言ったら乾いた笑い声で「は、ははは・・・」と返された。
魔獣の解体は父と母の友人を呼んで手伝ってもらう。
生まれた俺が加護無しだと知った後でも、今までと変わらずに父母に接してくれていた人たちだ。
持ちつ持たれつ助けてくれていた礼にお裾分けもかねている。
(まぁ俺が「加速」して解体したら一瞬で終わらせられるんだけども)
だがそれはできない。俺は解体を手伝わない。
村民との接触は最後の最後までしない。たとえ明日村を出るにしても、条件を守る。
その日の夕飯は豪勢だった。
いつもは祝い事や収穫祭にしか出さない酒も出ている。
「よし、家族水入らず。飲もう。」
「まだ俺成人じゃないから飲めないよ?」
「あらいいじゃない、もう明日なんだから。固い事言わないの!」
そう言って母はコップになみなみ酒をついで一気に飲み干した。
今まで見た事無かった母の豪快な様にびっくりした。
その日の食事はこの村に生きてきて一番の思い出になった。
翌日の朝。父母は村門で揃って俺の見送りに立っている。
「父さん母さん、長らくお世話になりました。」
短い挨拶ではあったが、昨日の夕飯で言葉は語りつくしている。
だが黙っていた父が一言、俯いて小さく絞り出す様にポツリと呟いた。
「お前は一体何者なんだ・・・」
すぐ隣に立っていた母にはそれは聞こえていなかったようだ。
だが俺にはその言葉がハッキリ聞こえた。聞こえてしまった。
気付かぬフリをして背を向けて、黙って門へ歩き、振り向かずにそのまま村を出る。
俺は今この瞬間から一人だ。
(俺は斉藤瞬一、ごく普通のサラリーマン。営業だ。)
父の言葉に前世の自分を強く思い出した。
この村で生きていた自分も「自分」ではあるのだが、そうではない。
「何者」なのか?
それは転生させられる以前の自分、それこそが「俺」なのだ。
全てをリセットされる事を拒んだ。俺が俺である事を心の底から強く思った。あの時。
忘れていたあの気持ちを思い出した。
「神を一発殴りたい。この世界に無理矢理転生させられた怒りを込めて。」
望み得る事なぞ出来ようはずもない事を口にした。
今後この怒りを忘れないために。俺が俺である事を忘れないために。
さりとてそれだけに囚われるのも、新たな生を詰まらなくしてしまうので、頭の端っこに置いておく。
「よし、まずは走るか。」
働き口がすぐ見つかりそうな商業都市へ向かう事を、今日の朝、起きた時に決めていた。
街まで一本道。筋トレ代わりにダッシュの用意。
「朝飯食うタイミングはどうしよう?」
背中に大荷物をまるで軽い羽の如くに背負い、構えた。
「よーい、・・・ドン!」
と、言った時にはその場から消え、遥か地平の彼方にその姿があるのだった。
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暫く走っただろうか。もうそろそろ飯にしようかと腹と相談した時に遠くに人影が見えた。
その様子に驚きと呆れと興味を引かれる。
「おいおい、こりゃぁ天下の「テンプレ」様ですか?」
こんな何もない道のど真ん中で一人の少女が15人ほどの男に囲まれているのだった。




