202 傭兵すげぇ
そいつらはいつかのフォレストシーカーを撃退した三人だ。その他に違う傭兵が三人。
俺はそれに気付いてフードを深く被り顔を隠した。これでまたバレてフラグが、なんて事に早々してなるモノかと。
「王国に向かう安全な道中でこれだけ稼げりゃ儲けものか。」
傭兵たちがそれぞれそんな事を口にして集まって来た。
「王国からコッチ、こっちから王国。行ったり来たりで慌ただしいがな。」
「金になるなら文句はねーや。俺たちゃ護衛専門に近い事やってるんだ。しゃーねえよ。」
そう言って先程の御者の老人に近づいて話し合いをし始めた。
今回の護衛の予定を詰めているのだろう。だがそれも直ぐに終わった。慣れているのだろう。
「お集りの皆さん。出発します。馬車にお乗りください。」
その言葉でかなりの客が乗り込んでいく。見送りの者たちも居て別れの挨拶をしている。
俺が最後に乗り込んで、馬車二台が門をくぐる。
これからが旅の始まりだ。
(あ、どれだけの日数で王国に到着するのか聞いて無かった・・・まあいいか)
きっとこのまま予定通りに着くだろうと、遠く離れていく帝国の門を見つめながら俺は呟く。
「どうか何事もありませんように。」
俺は気を付けなければいけなかった。もっと想像を働かせなければいけなかった。
古来よりファンタジーと言えば、移動にも「イベント」が付き物だと。
だがもう遅い。俺はそれを見抜けずにこうして出発してしまったのだ。
それは俺がどんなに「普通」を求めても「犬も歩けば棒に当たる」むしろ「当たりまくる事それがデフォルト」である事の証明だと。
運命を信じてはいない俺はこのまま定番の「アレ」に遭遇してしまうのだった。
出発から早くも三日が立った。いたって平和に馬車の旅は続いている。何事も起きずにホッとしていた。
これまでの野営での客人たちの行動は様々だった。御者の方でサービスで出された食事を取る者、それにプラスして自前で持ってきた食糧で腹を満たす者。
サービスの干し肉と硬く焼いた日持ちするパンを食べずにとっておいて早々寝てしまう者。
その中で俺は目立つ行為をしないために「自前」は出さずに周りと合わせるように食事を取った。
(あぁ、今までの野営は贅沢だったんだな・・・普通にキャンプ扱いでいたぜ・・・)
普通、普通と言っておきながら俺の感覚はこの世界でまだまだズレている。その差もかなりまだ大きいようで引き締めないといけない。
干し肉を満腹中枢を刺激するために味がしなくなるまでよく噛んでから飲み込んでいると、傭兵から愚痴が聞こえてくる。
「はー、辛いよな。これじゃいざという時に力がでねーぜ。」
「王国に入ったら気の済むまで酒を飲め。我慢しろ。」
四日目には傭兵たちからさすがに愚痴がこぼれているが慣れた物なのだろう。
その日の野営も見張りは慣れた物で火の番を交代して引き継いでいる。
しかしそこには森の中に潜む野盗の姿を見逃してはいなかったようだ。
相手に、バレていませんよ、と思わせるために普段のままに気付いていても振る舞うのだそう。
その話を俺は翌日の朝に傭兵たちが話していたのを聞いて感心した。
その時の傭兵の対応は素早かった。俺はその日は寝付きが悪く起きていたのだが、野盗が森の中に隠れていたなんて気づきもしなかった。
それに気付いたのは野盗の一人が腹を剣で貫通されて呻きながら地面に倒れる音を聞いた時だった。
傭兵は火の番の交代の時に密かに他の傭兵に連絡して起こしていたらしく。バレない様に戦闘態勢を築いていた。
十人近かった野盗がものの見事にその数を半分にしたのは驚きだった。早業だ。
先ず傭兵たちは気付かれない様に寝袋から出ると、その中に詰め物をしてまだ寝ている様に仕向けていたらしい。
そのまま火の陰でできた暗がりを辿り野盗の裏に回り込んで奇襲、強襲、電撃作戦。その動きは専門の特殊部隊かと思わせる鮮やかな手口だった。
傭兵たちが戦い慣れている証明だろう。護衛専門と言葉にしていた事は伊達では無い。
野盗がこちらにギリギリ近づいてきた絶妙なタイミングでしかけたのだった。
それに慌てた野盗たちはそのまま混乱を収める時間も無く一息にリーダーだけを残して屠られてしまう。
芸術的な鮮やかさで野盗は制圧されたが、運悪く、そう、運悪く、リーダーは俺に剣を向けてきたのだ。
起きていた俺はその人質と言うやつなのだろう。
「近づくな!一体お前ら何だってんだ!くそう!最近になってやっと運が乗って来たってのに俺の予定が!」
「いや、やられるの早すぎ・・・っていうか。傭兵凄すぎない?」
俺は野盗の情けなさに呆れ、傭兵の電光石火に脅威を覚える。
「おいおい、褒めても何も出ないぜ?まあ嬉しいけどな。それよりお前は自分の命を気にした方がいいぞ?」
その警告は俺と野盗リーダー双方に向けての警告だった。
俺は剣を向けられて今にも襲い掛かられそうで命が危ういし、野盗の方は俺が人質とは言えこの場で殺せば次の瞬間に傭兵たちがそのまま野盗を始末して終わる。
緊張は最大に膨れ上がっているだろう。けれども俺には睨み合いが続くその時間は無駄だった。
「助けてくだサイ。オネガイシマス。」
俺は「普通」を目指していた。だからこの時、棒読みとは言え助けを求めたのだ。
その違和感たっぷりの棒読みに訝し気な顔を俺に向けた野盗は次には腕を切られていた。
野盗の不意に振り向いたその隙を傭兵は見逃がさなかった。一気に間合いを詰めて野盗を斬りつけていた。
それが決定打だった。追撃に走った傭兵がそのまま野盗の首を斬り落とす。
(わーっ!やめろよ俺の前でスプラッタは!何で俺は今回何もしてないのにこの光景を目の前にせにゃならんのか?)
この世は悪党に対する処置は厳しい。この場で捕縛しても護送するのも手間だ。王国に着いてもおそらく処刑なのだろう。悪人への人権は無いに等しいくらいだ。
だけど撃退した方からしてみれば臨時収入だ。事が終わったそばから戦闘の余韻に浸る間もなく、死体から鎧から剣、金を剥ぎ取っている。
「かー、素人仕事の野盗とか美味しすぎるぜ!儲けた!」
その一言に傭兵たちが逆に悪人に思えてしまう。しかし命を掛けている仕事なのだからそんな目に遭って生き残れば臨時収入が無ければやっていけないのが「現実」というやつだった。
こうして問題は解決し、俺も下手にフラグやイベントを立てずに済んでホッとした。
が、ここで俺はまたしても悩む。
(コレが傭兵の「普通」なんだよな・・・物騒な世の中だ)
俺は目指す「普通」がより遠いモノに感じた。
(いや、俺も同じ事してるな何度も・・・でもここまで喜々としてやってはいない)
傭兵たちと俺は違う、そう思えるだけまだ俺はマシなのかもしれない。だがやっている事は同じだ。これは自分に対しての言い訳で、マシだなんて思いたいだけで。
「良し、少し移動するぞ。血の臭いにつられて獣が寄ってくるかもしれない。全員を起こせ。」
そうやって襲撃のあった事を眠っていて気付かなかった客たちが起きていく。
野盗の遺体を見て小さく悲鳴を上げる者が何人か出たがそれだけだった。移動の準備はスムーズに行われた。
場所をずらすために四日目の夜はそのまま百メートルくらい先に行った所で再び野営してその後は何事も無く終わった。




