2 異世界と自分
目の前が真っ暗だ。いや、これは目を固くつぶっているようだ。
しかも先ほどから赤子の泣き声が聞こえている。
不意に違和感に気付く。
(なんで、俺は、いや、これはどうなっている・・・!?)
違和感と共に巨大な混乱が脳内で渦巻く。
それは泣いているのが自分だと認識したから。
そこへより一層の拍車をかけるのが、聞いたことの無い言語で聞こえてくる会話だ。
「*+?>=~’&%$#”」
若い女性と思わしき声。何となくだが、喜びと慈しみに溢れているように聞こえる。
「¥*+;‘$%%##$」
力強さを感じる男性の声。こちらは感涙にむせび泣いているようだ。
「<?#’%&$=~‘*:*+*=)’&%$」
しわがれで必死に叫んでいるような老婆の声。驚愕して慄いているみたいな声。
俺はもうこの時点でパンクしていた。
現実逃避を敢行する。今、理解できない事は後回しだ。
いずれ解決すればいい。昔の人は言っていた。
(明日できることは今日しない!)
自分の置かれている状況を把握できなければ先へ進まない。大切なのは今、そして自分だ。
(まず、俺は赤子だという認識・・・だが身体の自由はきかない。)
しかし意識は隅々までいきわたらせる事ができる。が、まるで自動で動いている。
(本能って感じだ、赤子がする反射、、、こういうの何反応って言うんだっけ?)
思考があらぬ方向へと行ってしまいそうな所へ、口へ何かがあてがわれる。
それをさも当たり前に必死に吸い付く。
(あ・・これはまさか・・)
「#(|^--09(’$%4」
優しい声と抱きかかえてくる腕の感触。授乳だ。
この時点で意識がはっきりした。自分が赤子になっている事実に。
(まてまて、俺は何者か思い出せ!最初からだ!目の前が真っ暗、それよりもっと以前の自分自身だ!)
授乳している間、男性と老婆が声を荒げて言い争いをしているみたいだったが、気にした所で意味など解らないので、俺は意識を思い出す事に集中した。
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俺は斉藤瞬一、ごく普通のサラリーマン。営業だ。
28歳、独身。一人暮らし。両親はもう他界している。親戚は知らん。
天涯孤独とは響きがかっこいいが、言ってみればよくいる一般人だ。
趣味は格ゲー。だが、アクション物も好きだ。シューティングもそこそこ。パズルゲーも嫌いじゃない。いわゆるゲーム好きというやつだ。
格闘技観戦なども大好きで、空手、ボクシング、柔道、プロレス、テコンドーに中国拳法、剣道、居合、合気道と興味を惹かれるものは何でもかんでも観戦した。
いわゆる強さに憧れた中二病が未だに抜けない、こじれた大人だ。
そのこじれ具合は小学からの筋金入りだ。親に空手の習い事をしたいとせがみ、3年、柔道2年、剣道2年。
高校に入った時にはゲームにシフトしていた。友人たちとゲーセンに連日通っては対戦三昧。バイトもして金を得て、コンシューマー機を買い休みの日なんかは徹夜して遊んだりした。
ここら辺までは普通だろう。一般的には。だが。
そしてそればかりか、就職してからは悪化している。
筋トレをし始めた。挙句に拳法に居合と節操無しに習い始めた。
「自覚してるよ。呆れられてもしかたない。自分でもこのエネルギーがどこから湧いてくるのかわかんねーもん。」
同期の同僚に趣味を聞かれ正直に答えた時に、「お前なんなの?変人だ!いや、変態だ!」などとドン引きされた事は忘れられない。
実家暮らしで、働いて稼いだ金に余裕ができてこんな暴挙に出た事は否めない。
2年前に親が立て続けに亡くなっても、筋トレは欠かさずにしていた。
この時点で習い事は辞めていたが、型稽古だけはラジオ体操代わりに毎日していた。
もうここまできたら病気の一種だ。一般人とはかけ離れている。
「いや、分かっているんだ。この情熱を別の何かに向ければ、もっと凄い結果が得られるなんて、でも無理なものは無理。」
独り言をはく。そんなことが容易くできれば問題にならない。
出来たとしてもしない。なぜなら、
「俺はこれが楽しいと思っているから。さてと、明日の休みの為に早めに寝よう。」
どうしてここまで鍛える事に夢中なのか?そのきっかけは何だったのかもう忘れて分からない。




