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193  「ミス」そして新たなる旅立ち

「にゃーん」と肩で一鳴きするキマイラに俺は羨む。


「あぁ、お前は気楽そうでいいな・・・それに比べて俺はこの先の事が心配だ。」


 ここは魔獣も一緒に入っていいのか?飲食店では御法度だろ、と思ったのにすんなり入る事ができた。

 自らの人生がこの先どうなっていくのか不安が尽きない。何せ「普通」だったらこんな事になっていないのだから。

 俺は若くして成功を収めた彼、その業界で名を知らない者がいない新進気鋭のタグデスという名の商人とこれから食事をするのだ。


 俺はそんな彼と向かい合っている。誘われて食事に付き合ったが、ここは高級レストランだ。きっとそうだ。装飾も店内の雰囲気も俺の前世、地球でのそれとクリソツだ。これで高級じゃ無ければ何だと言わんばかりの店内。


 そんな中で彼が身の上話をし始めた。自分がどんな人間なのか理解してもらうためのようだ。

 詐欺の手口かと思ったがそれこそ杞憂だった。そこへ同じく商人、しかも大店と言われる商会の主人だろう貫禄のある人物が「タグデス君」と声を掛け、またいい商談を期待しているよと挨拶を交わしにきたから。

 道でワザと助けを求めるような危険な行為で接触、そこまでして騙す事は俺などの小物にはそれこそ手の込み過ぎている大袈裟過ぎる話だ。それこそ最悪、そんな状況であれば逆に野盗と化した奴に襲われてもおかしくない訳で。そんなリスクの馬鹿デカい事を実行する詐欺師などいないだろう。

 俺はエルフとの件での精神的な疲れが出てきていたのか、そんな阿保な警戒を最初にしてしまっていた。

 本当に彼はその道での「成功者」と言う訳だ。しかも疑うのも馬鹿らしいほどの好青年。


「そのような訳であの時に貴方に助けて頂けなかったら私は借金という坂をゴロゴロと下り落ちてしまっていました。そう言えば、あの時の他の方たちにもお礼がしたいのです。ご一緒では無かったのですか?」


 俺を見つけて余程興奮していたのか今気が付いたようだ。それに申し訳なさそうに恥ずかしそうに後ろ頭を掻いている。


「いや、彼女たちをとある場所に送るのが俺の仕事だったので。既にもうここにはいません。」


「そうですか、残念です。あ、そう言えば今更ですがお名前を頂戴しておりませんでした。お教え願えますか?」


 俺はここまでに自らの名を名乗る事をしていない。名乗っても良いかと思ったが、このシチュエーションで名乗れば後々絶対に「名指し」で面倒事のフラグを踏むんじゃないかと懸念してしまった。

 それこそ俺は今回の礼などを受け取るつもりは無かったのだから今回限りでこの先の彼への方針は「関わらない」で行くつもりだ。ここは「全力でスルー」一択だった。

 ドンドンと素直さが擦り切れて、被害妄想が酷くなっていると心の中で自虐してしまう。


「名乗る事は遠慮しておきます。私は少し特殊な立場に身を置いているので。迷惑になってしまいますからこれ以上は。」


 ここでも俺は嘘とホントを混ぜて返事をする。「特殊な立場」が本当、たかだか名を名乗った所で「迷惑になる」は別段普通ならそんな事も無いだろうから嘘だ。

 逆に名前から「ヤバい事」に巻き込まれるんじゃないか?と俺が疑心暗鬼になって不安だから名乗らないだけだ。

 薄汚い大人になってしまった。

 とは思わない。このようなテクニックも交渉術として前世では駆使して仕事をしてきているから。


「むむむ・・・そうですか。それは残念ですね。しかしお礼はさせてください。それとこれとは別ですからね。」


 何かを勝手に察してくれたようで引き下がってくれたが、お礼の食事と宿の分は譲らないと主張される。

 そこに食事が運ばれてきた。それは旨そうなシチューだ。何の肉か分からないが見た目はビーフシチュー。

 ファンタジーなのでどんな肉が料理に使われているかは知る事も予想する事もできない。

 だけどこの料理に対し「絶対に時価だ」と、俺の勘が囁いている。


(えーい、遠慮なく食うか!奢りだって言うんだ。もうここまで来たら開き直るしかないじゃん)


「それにしてもその・・・肩の動物は一体?」


 食べようと気合を入れなおした所に質問が投げかけられる。それは恐る恐ると言った感じだった。

 今までの会話でのテンションでは無かった。それは疑問に思うにしてもタイミングがおかしい。


(どうやって説明しとけばいいのか今まで考えてなかった・・・むぅ・・・ファンタジーだしこれしか選択肢は無いか)


「従魔って言ったら通じますかね?こいつはちょっとした事情がありまして俺に付いて来ているんですよ。」


「じゅ!従魔ですか!?あ、いや、これは失礼しました。しかし初めて見ました。伝説の類と思っていましたが、まさかこの目でそれを見る事ができるとは・・・」


(アレ?おっと!ヤバいぞ!従魔という言葉が通じたのは良いが・・・今、「伝説の」とか聞こえたぞ!空耳じゃ無しに!冗談だろ?!)


 それは俺からは決して口にしてはいけないキーワードだった。自らフラグを立ててしまった。

 この時の俺は精神的に安定していなかったのだろう。思考力が落ちていた。

 今までの事で予想はできるはずだった。それでも俺はまだ認識が甘かった。油断のし過ぎだし、迂闊過ぎる。

 この世界が王道ファンタジー「だけ」ではない事は散々体験してきていたはず。それなのにまだその事を真剣に俺は考えていなかったのだと気付き後悔する。

 しかし今の場面で良い言い訳が浮かばなかった。選択肢が無かったのもある。

 愛玩動物と言い訳するにもイマイチ説得力に欠けるし、だんまりでもその場の空気が悪くなる。聞かないで、と言ってしまえばそれまでだったかもしれないが、まさか「従魔」が「伝説級」のカテゴリーに分類されているとは知らなかった。


(ビーストテイマーとか普通に居そうなもんなのに何故居ない!魔法使いの使い魔とかあったりしないのか!?驚かれた事でこの店に居る客にこの話が広まる・・・クソッ!何かしら絶対おきるじゃねーかコレ!)


 ファンタジーに定番設定なはずの従魔というものがここまでに大きな話に繋がるのを予想できていなかったのは痛い。

 タグデスの声は結構大きく響き、店内の客に確かに聞こえる程だった。

 これは俺が自らの撒いた種と今回の事は言えるのだろうか?今回の事は村から出て来てまだ間もない社会知識の無い俺が、ある意味この世界の常識を「知識」として中途半端に持っているのが原因だ。

 このミスは、それが「擦り合わせ」できる情報量を確保できていない事に由来する。

 これはどこからどう見ても不可抗力なのでは無いだろうか?村から出てきた成人したばかりの小僧が調べられる事の範囲を遥かに超えているのだから。


(・・・どうせ俺には目の前の問題にしか、起きた事にしか対処できないんだ。もう取り戻せない事に拘るのは止そう。)


 俺は器用では無い。そして頭の回転も速くない。だから事前に防ぐとか、当り障りなく事を済ませるとかができる人間じゃない。


(もうこれで明日には噂が広まるか・・・クッソ!森の側にコッソリと住む計画もオジャンかよ・・・)


 この森の奥地の木を伐採して帝国で売って小金を稼ぎ暮らす事も視野に入れていたのに、この国を早速出る事になろうとは。


「今後のご予定は有りますか?よろしければ私の所で心行くまでくつろいで行ってください。お部屋をご用意いたしますから。」


「それ、もちろんタグデスさん持ちでって事ですよね・・・そこまでしていただくのは心苦しいですよ。それに明日の朝にでもこの国を出るつもりですから。お気持ちだけでもうお腹いっぱいです。」


 食事が終わると共に、満腹だ、充分過ぎると冗談を交えて伝える。

 シチューはコクがあり口の中にいつまでも旨味の余韻を引く、それはそれは美味だった。

 俺はこれだけの美味しい食事を得る事ができた事と、今夜は取れなかっただろう宿の確保ができただけで今の現状を無理矢理納得しようとする。


「そうですか。こんなにすぐにお別れしなくてはならないのは、だいぶ名残惜しいのですが事情がありますよね。お困りの事があればいつでも私に頼ってください。お力になりますから!」


 この世界の人たちは何故これほどまでに「恩返し」に躍起になるのか。

 考えてみれば村を出てから幾度人助けをしている?と指折り数えてみる。

 数えてみたらそれこそ村を出たばかりのぺーぺーが短い期間で「異常」と表現するしかないだろう回数だ。どこぞのゲームの主人公か、はたまた主人公の行く先々でもれなく事件が発生する名探偵か。

 俺の人生ルートは目指すゴールとはいよいよかけ離れている方向に行っている。その事に軽い絶望感が俺を襲う。


(まだ修正はできるはずだ・・・ここで諦めるのはまだ早すぎる。次だ次!)


 安息の地を求める旅がまた続く事に俺は新たに気持ちを奮い立たせて椅子を立つ。


「宿をご案内します。では行きましょう。」


 そうして店を出る俺を見る視線がいくつかある事を俺は見逃していた。

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