179 力比べ
俺の普段の力はどれくらいなのか?
ここまで持ってきた豚魔獣の重さはどれぐらいかは分からないが、それを軽々と、その他の魔獣の素材と共に担いで運んできた。
「加速」状態では無い時の力加減はできている。そうでなければ生活が立ち行かないのだから。
しかし最大を出したことは無い。むしろ普段の生活時に最大力を使う場面何て有りはしない。
ここでそれを量るのにうってつけな相手が目の前にいるのだ。試してみても損は無い。
(だけどもしこのガッドって奴にこれで勝つような事になれば、本当に俺は「化け物」って事が判明する訳だろ?哀しくなるなそれは・・・)
自分の存在が人としての範疇外とはっきりと判明するのは正直辛いが、それでも己の限界を知っておくことの方が大事だと無理矢理納得する。だがしかしそんな事すらそれこそ今更だ。
ここまでに至る経緯で散々自分の「常識外れ」は身に染みている。
「良し!それじゃあいっちょ捻ってくれるぜ!」
そう言ってガッドは右手を大きく開いて俺に伸ばしてきた。たぶんこれは手を合わせてこいと言う事だろう。純粋な力比べをお望みらしい。
「じゃあお手柔らかにお願いしますよ。男と手を繋ぐなんて趣味じゃないんだけどね。」
ゆっくりと互いの手を組んだ所でガッドは力を徐々に入れてきた。入れてきたのだが。
「まだまだこれくらいは序の口だ!少しづつやるから我慢できなくなったら言えよ?すぐ放してやるからよ。だけどなるべく限界まで粘るんだぞ?そうじゃなきゃ俺が楽しめないからな。」
そう言っている間にも力をどんどん入れてきているガッドだが、俺には何も感じられ無い。
(全然圧力が感じられ無い・・・いい加減出鱈目過ぎるこの体には呆れてもう言える事が無い・・・)
ガッドは何の変化も見えない俺と違い額に血管が浮き出る程に力を込めてきている。
「おい!なかなか粘るじゃないか!なら片手だけじゃなく両手と行こうぜ!」
もう片方の手を出されたので、その申し出をあっさり受ける。
両手を互いにガッチリと組んでいる立ち姿はガッドが俺に覆いかぶさろうとしているように見えている。
遠目で見たら俺が熊に襲われてんじゃねえのか?と間違われてもおかしくない体格差。
「俺の力に耐えるとは面白い!なら本気を出させてもらうぜ!魔力で肉体強化するから気を引き締めないと一気に潰しちまうぞ?」
結構このガッドと言うエルフは優しい性格のようだ。一々忠告を俺に告げてから力を込めてくる辺り、気のいい兄貴なのだろう。
(だけどその状態で全力を出している様子の兄貴でも全然、余裕・・・ここにきてまた俺の身体のスペックは量れないのかよ・・・)
「加速」しても「普通」の状態でもこの身体は規格外。正直この世界にそんなモノ存在しちゃいけないと思う。そんなモノが俺のこの身体とか、正直言ってここまでの怪力は生きる上で必要無いのに。
「これほどとはな!だが俺の力に耐えるだけでは認められんぞ!?お前からも仕掛けてこい!」
「じゃあ、ちょっとだけ力を入れますね。ゆっくり行きます。」
加速状態では無いこの普段の状態でなら力を込めるのはコントロールが効く。
俺は少しづつ腕を押し返しながら力を込める。手首もゆっくりと力を込めて切り返す。
「ぐっ!ぐっうぅぅぅう!うおぉぉぉおお!?」
ガッドの驚きの呻き声が響いた。櫓にいた兄貴を応援していた奴らは「まさか兄貴が!?」と皆、驚きと共に同じ言葉を口にする。
状態は逆転していた。ガッドは俺に押し込まれ片膝をつくまでに追い詰められていた。
俺はそこで力を抜いて手を放す。もう勝負はついてしまったから。
「マジかよ・・・ここまでの力なんて要らんだろ・・・普通で良いよ普通で・・・」
俺はこれほどの格差がある事に思わずつぶやく。人族を超える強さを持つエルフ。その中でも一番の怪力自慢のガッド、その彼を赤子の手を捻るかの如くの力量差。
勝ったその事に文句は無い。無いがまた一つ神を殴りたい理由が追加だ。
(何故俺は「普通」じゃないんだ?恨むぞ神め・・・)
「いやー!参った参った!俺はお前を認めるぜ!つうかお前さんアリャ全力じゃ無いな?とんだ「上には上」が居るもんだぜ!まあそうじゃ無けりゃ身体を鍛えるのにも身が入らねえってもんよ!ガッハッハ!」
ガッドはそう言って門に向かいつつ「目指せる上があるって言うのは嬉しいもんだ!」と上機嫌だった。
その豪快な背中で語るその姿に、「恨む」なんて言う暗い感情が消え失せた。
(まあ過ぎた事をどうこうできる訳で無し、前向きに考えないとなぁー。発想の逆転とか思考角度を変えるとか考えなきゃいけないか・・・)
そうやって考えに耽っているとガッドと入れ替わりで次の相手が近づいてきた。




