15 獲物
その獲物の体毛はこげ茶色に近く、発達した後ろ脚、胸の前にちょこんと飛び出た前足。
微妙にウサギで兎じゃない。そんな動物だ。何せ顔付は「ぶちゃむくれ」と言えばいいのか?
兎の顔をそのまま正面から潰したような感じなのだ。
こいつが森での狩りでの獲物、という訳だ。
繫殖力が強く、数が多い。いわゆる生態系の一番下だ。
(食欲が無くなりそうなブサイク具合・・・いや、気をひきしめないと)
俺は弓矢を構えて深呼吸して集中していく。
周りが見えなくなるくらいに、獲物だけを見つめる。
不意に「ガサッ」と物音がするのが遠くから聞こえてきた。
その気配に獲物は一瞬硬直した後、逃げ出すそぶりを見せ始める。
(まずい!逃げられる!でもこのタイミングで矢を放っても外れる・・・!)
慌てはしたものの集中は解かずに、弓は引いたまま獲物の動きを捉えようと目を離さないでいた。
そこで不思議な感覚を体験した。
この獲物に固有名は無いらしい。便宜上「兎」と呼ぼう。
あのハイブリット家畜には名があるのにこの兎には無い。不思議だが。
狩りの注意事項は事前に聞いていた。
こいつはかなりの瞬発力があり、逃げる際にはひと飛びでかなりの距離を稼ぐから、狩る際には追いかけるのではなく、奇襲でなくてはならないらしい。
父はこのせいで苦労したと言っている。
でも、今、俺が目にしているのは「兎」が「超スローモーション」でその場から逃げようと反対方向へと振り向き、さあ飛び上がるぞ、という映像だった。
地面を後ろ脚で強く蹴り出すその一部始終までもがこの目にはスローモーションに見えている。
(ああ、これってスポーツ選手が極限の集中に達すると「入る」っていうアレか?)
俺の思考がその答えを思い浮かべる、その間にも兎は宙に浮いていて、着地の一歩手前まできている。
俺は脚が地に着いて動作が止まる一瞬に狙いを合わせて・・・
(今だ!)
ヒュっと短く風切り音が鳴った時には既に兎の胴体に矢が刺さっていた。
「よく今ので当てられたな・・・信じられん。」
父は呆気に取られながらも俺の頭を撫でて褒めてくれた。
「狙いが外れてあさっての方に飛んだのが、たまたま当たっただけだよ。運が良かったんじゃないかな?」
撫でられるのが気恥ずかしくて、そう「言い訳」をする。
だが真実は「外れた」訳でも、「たまたま」でも「運」でもない。
自覚していた。
(確信してた。狙って、確実に、身体全身で外さないって感じた)
俺は「言い訳」とは全く逆の事を体感している。
だがそれを今口にしても仕方が無い。
だからこう言うのだ。
「今日の夕飯が楽しみだね!」
「ああ、そうだな。楽しみだ。なんせお前の初の獲物なんだからな。」
「母さんの手伝いもしなくちゃ。自分で獲った肉を自分で調理するとか改めて凄いなぁ。」
「その前に解体も最初から最後までお前がやるんだぞ?今までも何度か手ほどきしてるから、ちゃんとできるな?」
「大丈夫だよ。あ、まずこれの血抜きしなくちゃ。」
そうして多大な戦果を持って、意気揚々と家路につくのだった。
(プロ選手でも人生で一回、有るか無いか、とかだったよな?あの現象・・・もう今後はなったりはしないか、さすがに。)
そんな事を頭の隅に浮かべて、すぐ忘れた。
==== ===== =====
あれからまた時が経ち、俺は12才になった。
何も無い、いつもどおりな日々。変わらぬ毎日を送っていた。
何か変わったとしたら、狩りも獲物の解体も、今では父よりも上手くなった位だ。
今日は一人で畑に来ているが、大分早くに仕事が片付き休憩している。
昼にしては家に戻るのはまだ早いので、曲げっぱなしだった腰を伸ばすのにゆっくり時間を取っていた。
「今日こそ死にやがれ!このマナ野郎!」
いつもの四人組のリーダーをしている奴の声がそこに響いてくる。
(いい加減飽きてくんないかなぁ・・・)
初めてこいつらに会ってから何年目か?あの時、石を投げられた時からの腐れ縁。
あれから三日か四日に一度、手を変え品を変え、いまだ俺にちょっかいを出してきているのだ。
名前?知らん。興味が無い。日々の生活にあいつらの名なぞ要らない。
こいつらの親に、やめさせろ、と父が訴えた事は何度もある。
だが無視されているのか、効果があった事は無い。
「早く出てけよ!」
いじめをする心理とは解らないが、自分達とは違う異物を拒絶するのと、それに意地の悪さが合体してこのような暴挙に出るのだろうか。
(今まで実害出てないから俺も軽くあしらってるけど)
これまで突っかかってきた回数など覚えていられないぐらいだ。その全てを返り討ち。
ただし怪我なんてさせない。させたら後でどんな濡れ衣を着せられるか分かったもんじゃないから。
「今度は何だよ。休憩中なんだ。早く済ましてくれ。」
石を投げてくる、木の棒で殴りかかってくる、物陰から飛び蹴りを仕掛けてくる、桶に汲んだ水をかけようとしてくる。等々。
スタンダードな事は一通り。ロープでグルグル巻きにしてこようとしてきた事もあった。
まぁ、余裕シャクシャクで全て回避してますが。
よくもまあ懲りずに毎度絡んでくるよね。
まさか親が「ヤってこい」なんて命令してないよな・・・?
有りそうか?ありそうだなこのパターン・・・。
(エスカレートしてきてるのは親の入れ知恵?)
そこへあいつらは弓を出し矢を構えてきやがった。
はっきり言おう。シャレにならん。
ちょっとカチンときた、が、我慢だ。
「やっちまえ!」
矢の先は潰されて尖ってはいなかったが、飛んできた場所が悪かった。
「おい・・・顔を狙うなんてどうゆう了見だ?」
もちろん当たってなどいない。当たる前に手で掴んで受け止めたから。
そう、初めて狩りをしたあの時の感覚を、今では自由自在に操る事ができていた。
あの狩りの後も、集中すると周りの動きがスローになり、その世界で俺だけがいつもの速さで動く事が出来るのを知ったのだ。
何で知る事が出来たのか?こいつらのせいだ。
連日ちょっかいを出され、いい加減ウンザリしている所で木の棒を振りかぶられたのが発端だった。
最初は振りかぶってそのまま動かないから妙に思っただけだが、いくら時間が経っても振ってこないからうろたえた。
(おいおい、ポルナ◯フも真っ青だよ・・・The「世界」ですか!?)
兎を狩ったあの時よりも格段に「それ」はパワーアップしていたのだ。
(これは日々の筋トレの賜物?そんな馬鹿な・・・)
その理屈はだいぶ後になって真実を知るが、今の俺はそれどころじゃない。
(掴んだ矢をそのまま投げ返して射抜いてやろうかな・・・)
などと何処かの北斗な暗殺拳の伝承者の事を思い出して、怒りの矛先を逃がす。
だがその甲斐空しく、こいつらは四人がかりで息つく暇なく連続で射かけてきやがりました。
我慢してきた怒りゲージが頂点になりそうになりながらも、自分に当たる矢だけは冷静にキャッチしていく。
とうとう矢が無くなり、何時もの様にこいつらは捨て台詞を吐いて撤退しようとする。
「この化け物め!覚えてろぉーー。」
今日ばかりはお痛が過ぎた。ミ・ノ・ガ・サ・ナ・イ。逃・が・さ・な・い。
手にある矢を奴らに当てず、だが目の前すれすれを狙って投げる。
それはスコーン!と音を立てて向かいの木に刺さったのだった。
言い加減こいつらにはちょっかいを出してくるのを止めてもらう為に話し合いの場を持たせよう。
そうしよう。
俺はこの先、平和に暮らしたいんだから。
やっと俺っええええええええええええ、が・・・・
始まりそうで始まらない。




