1345 俺ツエエ?いえ、誰も見てません
一つ斬っては俺のため、二つ斬っては俺のため、と、そんな鼻歌を交えながら俺はどんどんと魔物の首に丁寧に一つずつ刀を入れて行く。
ゴブリンに始まり、オークにどうやら鬼も居るみたいだ。そしてマンティコアみたいな凶悪な面をした魔獣が大量にいるし、その他にも虫系の魔獣や魔物も見られる。不定形と言ったどうにもスライムも居るのだが、その葛餅みたいな半透明の巨大な玉の体の中心には真っ赤な目立つどうやら「核」が見えていた。
その他にも、頭部に凶悪な鋭い角を保有する魔獣、口からごん太な牙が生えている魔獣、全身が鋭利な刃物の様な身体の魔獣など、見た事があるような姿やら、見た事無いものなど、一目で「コレあかん」と言える狂相をした大群である。
魔物の先頭がバルガの指示した目印の木々の直前まで来た時に俺は加速状態に入っている。そして確実に全てを屠るために、魔物の首を落とすために刀を振るっている真っ最中だ今。
この状態だと相変わらず手応えなど感じない。この「力」を発動している状態だとこうした感覚が無くなってしまうので「倒した」と言った気分になれない。
(何だろう?凄く清々しい。そうか、コレが受け入れた時の気持ちなんだなあ。軽い、心が軽い)
誰にどう言われようと、誰にどう見られようと、気にしないで行く。覚悟が決まればどうと言う事は無かった。
(成長したって言って良いのか?いや、これはもう完全に開き直っただけだなあ)
そんな事をボンヤリと頭の隅に浮かべながら。しっかりと漏れが無いよう首を斬った魔物を覚えながら。間違いが起きない様に多少神経質になりながら、刀を振っていく。
その作業を大体一時間半も掛けてやり切った。俺の体感時間で、だ。
加速を解除したら俺以外の者たちには何が起きたかのかなど解らないままに終わっているのだ。時間の経過など無く、一瞬などと言った表現でも無く。刹那の時間も経過せず。
人によっては時間が飛んだかのような錯覚にでも陥るかもしれない。魔物が迫ってきているのに次にはその全てが屠られているのだから。
俺はやり切った後にバルガとバハムの待っている場所に戻って来てから加速を解除した。そして一言声を掛ける。
「終わったよ、疲れた。バルガは指揮をして魔物の回収をしてくれ。あ、中には討ち漏らしがあるかも知れないから警戒は怠らないでくれよ?なるべくは首を一刀で落としておいたつもりだけど。」
俺は心底疲れた気分だ。体力は充分と言えるくらいは残っている。しかし心の方の疲弊がやばい。
それはそうだ。一人で一万だと言われた魔物の対応をずっとしていたのだから。
「バハム、これでいいか?今後はこう言うのは俺だけ疲れるから勘弁してくれよ?半分、いや、三分の一くらいでいいから負担してくれ。あーしんどかった。」
単純作業をずっと繰り返し続けて集中力が途中で足りなくなっていた。休憩を入れたかったが、それを我慢して一気に全て片付けたのはかなりの労力だった。
「俺つええ、はこの場合、もの凄く疲れる?アレ?俺だけ負担パ無いな?って言うか、これ、俺がやったって事、ここに来ている奴ら、全く分かって無いじゃん?いや、別に知らしめようとした訳じゃ無いからいいけど、いいけど、何かモヤっと・・・」
俺TUEEEをすると、その力を見た周囲の者がテンヤワンヤと大騒ぎ、を想像していたのだが、それは間違いだった。
俺がそもそも全力を出せばこうなる事は少し考えればわかった事だ。何せ「力」を使えば何もかもが動かなくなる世界で、俺だけが動けると言うのだ。
そんな中で俺が魔物を屠った所を誰も目撃する事など無いのである。それを失念している。これでは俺は只の馬鹿である。
こんな事最初から、この「力」の事を知った時に分かっていなければならなかった、もっと良く考えておくべきだった問題だ。今更何故その事をここで強く意識してしまったのかと落ち込む。
「うはぁ・・・そういやそうだった・・・まあ、いっか。別に悪いこっちゃないしな。むしろ、使い処を間違えなければ静かにやっていけれる?逆に?」
今までもナンヤカヤやってきて大きな騒ぎに、なんて事まで行っていないはずだ。考えてみれば馬鹿と鋏は使い様、といった言葉を思い出す。
「サイトウよ、面白い物を見せて貰った。なるほどな。コレが神の力か。ふむ、寒気が止まらんな。はっはっはっは!」
バハムはそう言って都市の中に戻って行く。俺ももうここには用は無い。バハムの後を追って俺も都市の中に入る。後はバルガとその他の戦闘士が片づけをしてくれる事だろう。
「どうやらサイトウに追いつく、などと言うのは無理であるようだな。コレは「強さ」と言った次元から懸け離れている。どうやら私は人の身から到底逸脱はできないみたいだよ。」
バルガはそう俺へと向けて溜息混じりに言葉を吐き出したあと、他の戦闘士たちに指示を出して魔物の片付けをし始めた。




