1322 何も無いと言う恐怖は「慣れ」からくる
この村には宿が一軒だけ。そして宿泊費は二食付きで一泊銀貨一枚だ。手頃なのか、高いのか分からない。
この村はこの林を管理して材木を切り出して売って資金調達しているそうな。それだったらもっと人口が多くなって発展していても良いだろうに、と思うくらいには小さい村である。
そんな村の宿の部屋で俺は大の字になりベッドに寝転がっている。
「今日はもう外に出たりしない、絶対にだ。明日の朝になったらすぐに出る。宿の主人には道はちゃんと聞いた。入ってきた道の反対側、村を出る道から真っすぐ、ただひたすら真っすぐ。うん、間違わない、迷わない。」
俺は経験上もう知っている。こうして引き籠っている時は大抵は何も起きない事を。このままでいれば明日の朝まできっと何も起きないはずである。
今日はもう夕食をこのまま摂って就寝する。そのつもりだ。
「魔物があの林の中で異常な数増えてるって言ってたけどさ。俺は別に何も遭遇していないんだけどな?あ、途中から加速状態に入ったからそれは当然か。でもなあ、それ以前の時にも静かなもんで、何もオカシイ所は感じなかったけど。」
ここで俺は「嵐の前の静けさ」を思い出す。まさか、まさか、とは思えども、もしそれが起こるとすれば?
今こうして俺がこの村に滞在している状態だと、起こるなら恐らくは夜だ。夜襲と言う形でもしかしたら魔物が村に接近してきて騒動が起こる可能性が。
「寝にくい。そんな騒ぎが起きようものなら寝ていられないだろ。しかもだ。もし俺が寝ている最中にそんな事起きて目が覚めて見ろ。絶対にやらかすじゃねーか。」
いきなり意識が五月蠅さで覚醒し、眠気最高潮により機嫌が悪いまま。そんな状態で村に魔物が居れば恐らくはそれに八つ当たりをするに決まっている。
朝早くにこの村を出て行こうと考えているのに、そんな展開は止して欲しい。そんな事になれば寝不足になる。
そんな不安を抱えながら夕食を食べてそのままベッドに寝転がっていたら、俺はいつの間にか眠ってしまう。
随分と疲れていたのだろう。心の方が、である。精神の疲れを取るのは寝るのが一番いい。こうして俺は翌朝までグッスリ眠った。
そう、夜の間、何事も無かったのだ。朝の光が目に入り目覚めた俺は、この事に対して寝ぼけた頭が即座に冴えていく。
「うっそだろ?何も起きなかった?まさか?この先にもっとヤベー事が待ってるって事か?嵐の前の静けさ?そっち?」
こう言った流れにも今までに覚えがある。もしかしてこのまま行くと闘技場都市で何かでっかい事に巻き込まれるかもしれない。
もしくはその前にどこか別の場所での問題をまた押し付けられるか。
俺の心は不安と疑心でじわじわと占められていく。しかしそれらに縛られて動かない訳にもいかない。
なので俺はとりあえず先ずは腹ごしらえだと思って朝食を食べに宿の台所に向かった。
「もうトラブルに巻き込まれるのに慣れちまったんだなあ。何も無い事がこんなに怖ろしいと感じるなんて、なんて悲しいんだ・・・」




