1319 閑話 メイドと王太子
「ねえチェル?この仕事が終わったら休憩を入れない?」
「駄目だ。てめえはまた外に出る気だろう。それが終われば次はこっちだ。後、午後の会議はトイレンとの予算の件だ。ちゃんと用意はできてんだろうな?ァァ!?」
ギロリとそうこの国の王太子を睨むのは専属のメイド。その言葉遣いに対して何も咎めようとしない王太子は「うへぇ」と疲れた顔をしている。
「よしてくれよそう睨むのは。分かったよぅ。うーん、あの頃の方がよっぽど自由だったなぁ・・・」
「てめえ、まだそんな事言ってんのか?こっちの事をこれっぽっちも考えてねえその面を一発入れて気合入れ直してやろうか?」
握り拳を作ってメイドは王太子を脅す。コレに「ひぇ!」とびくりと一つ身体を跳ねさせ王太子は仕事に打ち込む。
この様な関係性が成立している国など他にないだろう。王太子が一度さぼって城下町へと逃げようものなら、その顔面に容赦無くこのメイドの鉄拳制裁が飛んでいくのだ。
もうコレは暴力と言う恐怖によって躾をしているのと変わらない。変わらないのだが、この王太子は懲りない。
これまでに幾度かこの凶暴なメイドの目をかいくぐって城の外へと遊び出ている。仕事をほったらかしにして。
「ちゃんと早い所仕事を終わらせれば自由時間ができるのに、てめえは何でいつもサボるんだ。本当に分からねえ。バカか?馬鹿なのか?」
「ちょと!ちょっと!ここ最近はちゃんと全部終わらせてから遊びに行くことを告げて出て行ってるでしょ!?そんな言い方無いじゃん!」
王太子は諸問題が片付いて落ち着いてきていたころはしょっちゅう城を抜け出していたのだが、戻るたびにその都度、このメイドから一撃貰って痛い目を見ている。流石に勉強はしたようで最近は大人しくやらねばならぬ仕事は最低限くらいは終わらせるようになった。
「あぁ?馬鹿だろうが?王太子がそうひょこひょこ城から出て行って街でホイホイと遊ぶとか、有り得ねーんだよ最初っからな。解ってねー訳じゃ無いだろうテメエは。」
「ハイソウデスネ・・・オッシャルトオリ・・・」
言い返せずに王太子はそう言ってしょんぼりしつつも書類仕事を次々に終わらせていく。会話をしながらもそうやって処理を熟せるのはやはり地力は優秀だからだ。
そして最後に残った書類を見て王太子は首を傾げる。
「あれ?野盗?ここ近年はここら辺には出没していないよね?どうして今?」
「最近になって出てきやがったらしいな。陛下も頭悩ませてる見てえだ。もしかしたら騎士団が出て一斉に潰しに行くかもな。」
「うーん?でもさ、荷と金は幾らか要求されるけど、命は取られないって書いてあるね。まあこいつら用意周到に獲物を包囲してるっぽいからそれで護衛もお手上げって感じに見えるね。」
「で、こいつの判断は?どう片付ける?テメエの手柄にするつもりなら私も出てやっても良いぞ?最近は体を動かす機会が少なくなって鈍ってきてるからな。」
そう言ってメイドは王太子を睨む。
「やめてよ、それって最近逃げ出していない事が原因みたいに言ってるじゃん。そうだなあ。まあトイレンとの会議の後は父上に相談してみるかぁ。」
その書類を王太子アレクサンドロスは自分の専属メイドに手渡して椅子を立つ。
「じゃあお昼にしようか。その野盗の討伐には私も出よう。あの三人にも声かけといてくれない?」
「ああん?ったく、分かった分かった。さっさと食堂に行ってやがれ。飯はすぐに持って行く。」
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こうしてその野盗の討伐には王太子が直々に兵を率いて見事全員を一人も逃さずに捕縛する。
その中にはこの国で以前にお尋ね者になった犯罪者が多く、大手柄となる。
コレに因って王太子は隠れて反意を持っていた貴族たちを完全に抑え込んで、将来無事になんの反対も起こらずに国王の椅子に座る事になる。
この野盗を率いていた頭領はまだ歳若い女性だった事が当時この国の民たちの酒の肴に大いになって暫く長く話題となったそうだ。




