1292 閑話 湖の諸問題は?
湖のど真ん中に建つ特殊な構造の家。その一つでこの集落で長を務める老婆が大事に大事に白く輝く丸い物体を撫でている。
ソレは竜の卵。その長は毎日少しづつ何度も魔力をその卵に注いでいた。
「はてさて、今の所は何も問題は無いねぇ。いつになったら孵る事やら。でも、楽しみでしょうがないよ。一体この卵から生まれる竜はどんな姿だろうねぇ?」
長は卵から生まれてくる存在が邪悪なモノであってもソレを受け入れる覚悟でいる。そう、死を受け入れる覚悟だ。もし生まれてきた竜が暴れたりしようものなら自分は恐らく死ぬ事になる、そう長は感じていた。
この特殊な集落に住む者たちは国や街、村を追われたような者ばかりだ。表面上は改心している様に見えて、内心、その心の奥に闇を、悪意を抱えている者も多い。
そんな奴らも穏やかなここでの暮らしに慣れてきてはいるが、その前は散々酷い犯罪をしている者も少数は居る。だけどもソレをこの長は気にしてはいない。
(そういった者には必ずいつか裁きが下るさ。今は私の力に怯えて大人しいが、私が居なくなればこいつらはきっと必ずこの湖の主導権を握ろうと暴れまわって派閥を作り抗争を始めるだろう)
そんな未来を理解しておいて長は後継者と言うモノを決めてはいない。それはここを別段永続的に存続させる気が無いからだ。
「こんな歪な場所はその内近いうちに崩壊するもんさね。それが私が居る事に因って曲がりなりにもここまで保っていられる事になっているだけ。さあ、裁きを下すのはこの生まれてくる竜かね?それとも、もっと別の何かかねぇ?」
呑気にそんな事を吐き出す長の家に一人の女性が入って来る。扉を激しく突き飛ばすかのように開いて。
「長!どう言う事だよ一体!何であいつらの所に攻め入っちゃいけないんだ!あいつらはさっさとアタシたちの平和のために!脅威を事前に取り除いておくべきだ!」
長はこの卵を譲ってきた人物との約束で、リザードマンたちとの争いを禁じている。この決定に逆らって行動した者は罰を与えるとまで言ってあった。
「何度も説明をしただろう?余計な争いは命の無駄だよ。こちらから仕掛けなけりゃ向こうも動かない。それで良いじゃ無いか。向こうが動いてきてこちらに手を出してこようモノなら私が全滅させるさね、その時は。」
「それじゃ遅い!こっちに被害が出た後じゃ遅いんだ!長!一言許可を出してくれるだけでいいじゃ無いか!私たちに様子を見て来いって言うだけでもいいんだ!あいつらは絶対にここで殺しておくべきだ!」
「駄目だよ。ユレール、落ち着きな。お前はあの時の事で何も学ばなかったのかい?本当に呆れてモノが言えないねぇ。」
口論のような、諭す様な、そんな会話が続いたが、次のユレールの言葉で流れが変わる。
「あんな奴の言う事なんて聞く耳を持つ長の方がおかしいんだ!約束?それがなにさ!私たちは私たちの力で!私たちの平穏を掴んで何が悪い!あんな奴との約束なんて長だけがしたものじゃ無いか!皆の総意じゃない!」
この言葉に冷たい視線を向ける長。次に出てくる言葉はその瞳の温度と同じで冷え切っていた。
「ならばユレール、お前はここから出て行きな。私の言葉に従えないなら出て行っていい。他にも私の決めた事に異議のある者が居れば連れて行くと良い。だけどね。ここからそのまま出て行って、もし、蜥蜴人たちへと攻め入るようなマネをしてみな?私がお前らを殺すよ?・・・それ以外では何処にお前たちが行ったって構わないさ。そうだね、この森から出て行くための方向は、ほれ、あっちだよ。そのまま真っ直ぐに行けば街道に入るさね。道を見つけたら右の方向へと行けば城下町に行けるよ。さあ、決めればいいさ。私は止めないよ。」
ここでユレールはグッと顔を顰めた。そして次に紡がれた言葉はと言うと。
「分かった!前々からずっと長には不満ばかり溜まっていた!ならもういい!私と同じ考えの奴らは居る!そいつらを引き連れてここから出て行かせてもらう!もうこの湖に執着なんてするか!蜥蜴人の奴らに皆殺しにされればいい!」
「私の力を見くびってもらっちゃ困るねぇ。死ぬ気は無いさね。さて、勝手に何処にでもお行きよ。でもね、最後に一言だけ。・・・上手くやんな、お前の性格は敵を作るばかりで良い事なんて無いよ。もっと大人な考えができる様に育てたつもりだったけどね。こうなってはお手上げさね。元気でやるんだよ。」
この言葉を聞き終えるか、聞き終えないか、そんなタイミングでユレールはこの家から出て行った。
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「おーい、セッド。調子はどうだ?」
集落へと戻って来たリザードマンたち、いや、既にこの種族は「龍人」と言う存在と成っている。
「ああ、こっちは問題ない。力が溢れて来ていて疲れ知らずだ。復旧も直ぐに片が付いた。」
彼らは自分たちの住処を一度捨てていたのだが、その問題が解決した事に因って戻って来ており、こうして元の生活を取り戻すために活動をしていた。
「もう以前には戻れんな。良い事なのか、悪い事なのか。」
「セッド、良いじゃねーか。それは考える事じゃねえよ。俺たちは元の生活に戻れる、それを一番に喜ぶべきさ。」
セッドの友、ラールはそう口にする。コレにセッドは言い返す、からかうように。
「お前が一番最後だったじゃないか。そんなお前がソレを言うかね?」
コレに言い返せない様でラールは顰め面をする。
「あんな得体の知れない物を何も警戒も無く真っ先に食べたお前の気が知れないんだよ。」
そこにドックルが話に入り込む。
「おいおい良いじゃねーかお前らよ。結果はコレだ。俺たちは文字通り生まれ変わったってヤツだ。さあ、その新しい生活の始まりに、こっちを手伝ってくれねえかな?そっちは終わったみたいだしな。」
以前とは違う新たな自分たちの、いつもと変わらない生活。リザードマンたちは一人残らず、老若男女、全ての者が「龍人」に進化していた。
ギリギリ最後の一人、ラールの分まであの「竜の肉」は行き渡っており、進化を遂げていない者はここにはいない。
「さあ、もうひと踏ん張りするか!」
セッドはそう言って気合を一つ入れるとドックルの受け持っている仕事を手伝いに行く。それに一緒に着いて行くラール。
彼らの生活はこうして何事も無く元通りとなり、今後とも末永く平和な時が続いていく事になる。




