1257 そりゃもう甘く見ていましたよ。甘さで死にますよって位に
何事も無く迎えた翌朝。気持ちの良い朝だと思ってテントの外に出ると霧だ。深くてたまらない。3m先が見えないレベル。
「あー、もしかして湿り気のある空気がここ一帯に溜まる地形?一気に朝方冷えて霧に?そうすると水分はそこらの草や岩に張り付くだろうし、それらを舐め取ればヤギも水分補給としてはできるだろうに。あ、でもそんな雰囲気無かったから、コレはたまたま?」
何処へ行っても何かしら起こるこの身である。この霧すらもそう言った影響から発生していると疑うのは当然だ。
「動くべきか?動かざるべきか?・・・どっちもどっちだろうな。結局何かあるんだろ。」
俺はこの深い霧も時間が経てば消えるかもしれないと思って朝食の準備をゆっくりとする。そして朝食を食べ終わると霧は少しだけ晴れた。
「それでも5m先までしか見えないってどう言う事?・・・危険だよなぁ。それでも行かないと始まらないしなぁ。」
ド素人が、霧の発生した崖っぷちを歩く。そう、これほどまでに足を滑らせて滑落する可能性が高い事は無いだろう。
それでもここに何時までも留まっていても俺へと厄介事が向こうからタックルしてくるだけである。
せめて自分が動いた結果としてそう言う事には遭遇したい。何処でどうしていてもそうやって何事かに絡め取られるように巻き込まれる。ならばこんな山まで来たのだ、自分で決断して行きたい。
「よし!行くぞ!こっちだな。・・・ヤベぇな。目の前しか見えないって怖いわ。あー、とうとう死ぬのかな、俺。落下死?思い浮かばんなぁ。」
自分が足を踏み外して落ちる所は想像できた。だけどもソレで自分が「死ぬ」場面が思い浮かばない。きっとコレは。
「その程度じゃ死なないんだろうな、この身体。うへぇ。」
俺は少しづつ、そして確実に足場を確認しながら深い霧の中、狭い足場を歩く。一歩一歩踏みしめつつ、グラつかないかを確かめながら。
そして三点なんちゃらを思い出して地に接する部分は必ず三つ確保する。
「確か四肢の内、三つは必ずちゃんと地に付けておくのがバランスを保つんだよな。動かす手足は必ず一本まで。・・・時間がめっちゃかかる・・・」
自分の安全を考えて慎重に慎重を重ねつつ登っていく。富士山登山の映像を昔にTVで幾度か見た事があるが、アレよりももっと斜面は急だし、岩もかなり大きい物が多い。
そして整えられた道など無い。この山を教えてくれた人々が何故「自殺」などと言ったのかが良く分かった。
「挙句の果てに霧で何処まで進めてるのか分からん・・・何の基準も無い。おい、嘘やろ?俺本当に海に辿り着けんのかコレ?」
今更に思い至るには遅すぎる疑問だ。そして霧はまだまだ晴れる様子は無く、俺があの一泊した場所からどれくらい進めたのかすら判明しない。
そしてそもそも土地勘も無い訳で。そもそもこの山に登るのすら初めてな訳で。
「もっと言えば、そもそも俺、こんな本格山登りする事自体が初めてだ。そりゃ舐めて掛かるよな。これほどまでに軽装とか、ホント、有り得ないって怒られるレベル。」
山登りをするのに「完全装備」をしている登山客はTV番組で幾度も見ている訳である。
やれ山の天気は変わりやすい、やれ気温もソレに伴って直ぐに下がる。山に生える植物の中には触れるとかぶれる物や、蚊や蛭、その他の虫などの被害なども考慮しなければならないなど。
靴の方も滑り止めのしっかり入った登山専用シューズ、背負うバックも背負いやすく大容量と。
動きやすい恰好で、などと言ったらもう何万使えばそれらを揃えられますか?と言う位に用意しておいた方が良いモノはいくらでもある。
自分が後々痛い目を見ない様にと揃えておいて損は無い代物としてそれらは求められる訳だが。
「登山を甘く見るな!って言って怒鳴られて説教されるレベルだよ、今の俺はな。それこそ砂糖が飽和してこれ以上は無理!って言う位に甘く見ていたよ。」
もうここまで来たら貫くしかない。下山はもう俺の心情としても無理だし、このまま降りようとしても霧の中で登るより降りる方が寧ろ危険な状態だと俺は判断した。
「で、こう言う切羽詰まった時に何故か俺の目の前には変なのが現れる、と。」




