1254 グロイの連続とギャップの寒さ
ヤギは自らの立っていた急斜面から跳んだ。何処目掛けてか?ソレはトンボの真上だ。
一足飛びでそこまで到達するその脚力は信じられ無い程。かなりの距離があったにもかかわらずその距離を見事に跳んで見せて、ヤギはトンボをそのまま踏みつぶした。
ドスン、ミシミシミシ。トンボを下敷きにして着地した音は重低音と振動を。ヤギから受けた衝撃と圧力でトンボの外殻が割れる音が次に響いて来ていた。
どうやらトンボは大分「硬い」らしい。しかしそれを簡単に潰せるヤギの方がもっとヤバい。
「うわぁ・・・ヤギが、ヤギがトンボの頭を丸齧りして食べ始めた・・・ウオエェ・・・」
グロイ光景だった。その時点で俺はそのヤギの食事風景を最後まで見る事無く顔を背けた。
俺がそのまま木の裏に隠れていても聞こえてくる「バリ、ボリ、ゴリ、バキ、パリ」という咀嚼音。
音だけならまだ我慢できたので俺はそのヤギの食事が終わるまで待つ。先程の映像を忘れるために必死に「無」になろうと心掛けた。
その音がしなくなってから俺は木の陰からそーっと顔だけ出した。そこには先程まであったトンボが無い。それは綺麗にヤギが全て食べつくした、という事だ。
「えー、っと?お邪魔しない様にと隠れていたんだけど。ちょっと聞きたい事があるんだ。良いかな?」
俺はヤギへと会話を試みた。魔獣との会話ができると言うのはこう言う場面で便利である。まあ言うなればこれもまたご都合主義だ。
「ん?俺が何者かって?いや、君の縄張りを侵そうなんて事は思ってないから。・・・ちょ!やめ!チョ!顔!近い!ヤバい!こないで!コワイ!」
先程のトラウマがあるのでヤギの顔をまともに見られない。それにしたってこのヤギ、体高が2・5mはある。会話をしようとヤギを見やると首をもろに上に向けないといけない位だ。
威圧感が凄い。目力が凄い。圧迫感がヤバイ。ヤギの背後から「ゴゴゴゴゴゴゴ」と言った擬音が幻視できる程に。
「俺は只、この山を越えて海に行きたいだけでさ。君には迷惑を掛けないと約束をする。ああ、食料は自前で持ってきているからこの山の獲物を横取りしようとは思っていないから安心してくれ。」
すると「本当か?」と疑う感じで「めぇェェェええ~」と凄く可愛らしい鳴き声をあげるヤギ。
そのギャップの違和感が凄くて背中に寒気が走る俺。
「ん?監視をする?ああ、それで良いよ。君が一緒に居てくれると他の余計な生き物が寄って来なさそうだしね。あ、途中までしか案内しないって?ソレで良いよ。ありがたい。じゃあ宜しく。」
どうやらこのヤギのテリトリーはこの周辺だけだったらしい。山の中腹までは面倒を見るとヤギは申し出てくれた。
「あー、何かお礼はしないといけないかい?食料は?要らない?じゃあ他には何か礼になる事を。え?それも要らない?そこまで言うならしょうがないか。ありがとう。」
こうして俺とヤギの山登りが始まった。




