1229 ストレスを減らしてくれるモノ
とは言え、これと言ってやることが思い浮かばなかった。
「どこかに観光スポットは?美味しい料理を出す有名店は?この国の名産は?・・・ふはぁ~。駄目だ。何の情報も無い状態で来た所で何処に行けば良いカモサッパリだ。・・・んん?もしかして、俺、迷子?」
そもそも先ず、何も考えずに城から出て来て走り回ったのだ。戻る道すら分かっていない。このままもしかしたらこの国から出て行けばいいのでは?とも思ったが、旅の必須アイテム魔法カバンは王子の部屋に隠してあるままで今手元に無い。戻るしかないのだ。
「城があんなに遠くに見える・・・ふっ。よくもまあこんなに遠くに来たもんだ。小腹が空いたな。あ、カフェ?があるな。・・・この格好で入って良いモノか?と言うか、この顔で入っちゃっていいのか?分からんが、まあいいだろ。もう殿下とかなんだとかはこの際いいや。」
独り言が多くて困る。いや、困らない、いや、困る。俺のストレスは限界を超えていると言えよう。
もし何かまた刺激があると爆発しかねない。騎士への対応はいくらかガス抜きくらいにはなったが、まだまだ俺の心は重い。
「いっらしゃいま・・・ひいい!あ、あの!で、殿下!う、うちの店にいらっしゃられるとは、こ、光栄で御座います!」
俺が入るなり店主が早々に畏まって直立不動になった。多分だが王子様は外に出た時には変装をしているから「殿下」のまんまにこうして店などに入る事は無いのだろう。当たり前だ。
俺は今「殿下」そのものの姿と化している。この店の店員が殿下の見た目を知っていたりするのは何かしらの行事でその姿を見た事があるからだろう。
「甘い物ください。お勧めで。あ、あとソレによく合うお茶も宜しく。」
この店はガラスディスプレイで扱っている商品が見えるようになっていた。俺の知っているケーキ屋のそれと同じだ。あるいはカフェと。
そうした俺が見知っている光景に出会えたことで幾分か重かった心が軽くなる。
(ああ、甘い物、甘い物・・・そうだ、甘味はストレスを緩和するって言うっけ。でも、砂糖は常習性があるとか何とか。でも、今くらいはいいよなぁ?)
店の従業員は「ハイ!タダイマ!」と言って奥へと引っ込む。俺は空いているテーブルへと席に座る。客はこの雨で一人もおらず貸し切り状態だ。
店内の様子をチラッと見ていただけの短い待ち時間ですぐに皿に美しく盛られたケーキが来る。俺の知る「チョコレートケーキ」な見た目だったが、食べてみない事には分からない。
なにせここは俺にとってはファンタジーだ。どんな物が来るか分かったモノではない。それは今までも、そしてこれからも。
「オマタセシマシタ。どうぞゴユックリ。」
と少々固めにそう挨拶をして店員が即座にバックヤードへと引っ込む。俺はコレに心の中で「待ってすらいないよ」とツッコミを入れる。
座ってすぐにこれほどまでのスピードで注文品が来た事は今まででコレが初めてである。最速記録だ。
しかし問題はそっちでは無い。今目の前のケーキの味である。おすすめを要求したのでマズい事は無いだろうが、俺の予想の斜め上の味がするかもしれない。
気合を入れて一口目を頬張る。それはココア味と呼べばいいだろうか?ほんのり苦く、しかし強く甘い。香ばしい香りが鼻を抜け、何とも懐かしく感じた。
出されたお茶も一口飲むと甘さをサッと洗い流してくれるこのケーキに合ったお茶だった。
「う、うめぇ。何だコレ?俺、こんな美味いケーキ食った事無いわ。いや、あるかな?ちょっとこうした本格的なケーキを食うのが久しぶりなだけな気がする。」
甘さ控えめで上品な、そんなうたい文句の甘味が多かった俺の会社員していたあの時代。それが一般的になり、昔ながらの「砂糖!」と言ったしっかりと口の中を蹂躙する甘い物と言うのが無くなって行ったあの時代。
俺はソレを思い出す。コンビニスイーツなんて物すらもそう言った流れに乗って「甘さ控えめ」が当たり前で、疲れた時にガッツリと「糖分」を取りたいと思っても身近にそう言った甘い物を手軽に買えなくなっていた。
生クリームなんてのも全く甘く無い代物ばかり。カロリーがどうの、エネルギーがどうの、脂肪が、生活習慣病が、と言った感じで全く砂糖の使われる量が減って行って、食べ応えなど無くなっていた。
「ああ、このガッツリとした甘さ、いいなあ。忘れていたこの感覚・・・うん、癒されたぁ。」
俺のストレスはこの時大幅に減らす事に成功していた。




