1212 正体がすぐに分かっちゃうって面白いよね
俺は扉に近づいて何の疑いもせずに鍵のツマミを捻ろうとした。でも、そこで気付く。誰かが側にいる?
「チェル、お客さんが来たのかな?」
俺は只それだけを聞いた。しかし帰って来た返事は全くおかしなもので。
「いえ、私一人で御座いますが?」
(はい、駄目~。またしても?どうにもこんな短い間に二度もとかおかしくない?)
「あの?鍵を開けて頂きたいのですが?どうなさいましたか殿下?」
(チェルは本当に他の人が居る所ではしっかり、しかもかなりちゃんと「猫」を被っていたんだなぁ。団長の前だとあれだったけど、本当に内情を知らん奴にはキッチリとチェルが「メイド」をしていると思われてる、と)
いや、いつもチェルは言葉遣いはあんなだが、しっかりと仕事は熟しているみたいなのでこの言い方は失礼だったか。
俺はまだ扉の鍵は開けない。それこそ扉から二歩も三歩も距離を取って下がる。
「なあチェル?用事は何だい?扉を開ける前に教えてくれ。」
時間稼ぎ、もしくはちょっとした意地悪、とでも言ったら良いか。この「偽物」のチェルとの問答を続けた。
彼女が他に周囲に人が居ないのにこの様に丁寧な言葉を使うはずが無いのだ「殿下」に。扉の前に居るこいつはキッチリと偽物である。
チェルは俺に、「殿下」に遠慮なんてしない。言葉遣いが汚くとも、罵倒を飛ばして来ようと、「殿下」はチェルにそれを許していると言っていた。
ならばこの場で扉越しに喋っているチェルは何故、今、周囲に人の居ない状態で口汚い言葉を吐かないのか?
「執務にお疲れでございましょうから、お茶と菓子をお持ち致しました。休憩になさっては如何ですか?」
「はい、それをいつもの話し方で言って見て?」
「え?はい?あの、いつものとは?あの、鍵を開けて頂けなければ中に入れないのですが?」
多分俺はここの時点で相当にストレスが溜まっていたんだと思う。今迄に無い程の急激な上がり幅を記録していると思う。
「じゃあ合言葉を言ってくれないか?私の言葉に続けて答えを。はい、じゃあいくよー?・・・山!」
「・・・合言葉・・・?あの何故そんなモノを?私は殿下付きのメイドのチェルです。お疑いなのですか?おふざけをするのにも少々子供じみていますよ殿下。お戯れを。」
聞けば聞くほどチェルの声なのだが、やはりそれ以上に違和感が酷い。寧ろここまで来ると呆れてくる。
聞き間違える事など無い程にチェルの声なのに、彼女が言葉を増やすたびに「コレジャナイ」感が逆に増大していくのは本当に面白かった。
おちょくるのが、この偽物のチェルをからかうのが本当に楽しい。
「じゃあ次の合言葉いくよー?海!はい!」
「殿下、お疲れのご様子ですから先ずは美味しいお茶と菓子を召し上がって頂いて気持ちを楽に為さっては如何です?鍵を開けて頂けないとそれもできません。」
この偽物のチェルは粘る。本物のチェルだった場合、周囲に人が居ない状況ならこんなチンタラやってないで扉を蹴って「早く開けろやクソが!」と叫んでいるに違いない。
なのにこの偽物は俺のこのふざけた対応を受けても動じずに「チェル」を演じようとしている。恐らくは頭の中は「ふざけんなオラァ!」とか言った感じになっているのではないか?と俺は思っている。
そんな感じでまだまだ俺は思い付きで浮かぶ言葉でこのやり取りを楽しもうと考え始める。
この偽物は俺の声を聴いても殿下の「偽物」と言った判断はしてきていない。まともに対応してきているのがその証拠だろう。
ここで殿下の声を知っている者が聞いていたらきっと「変だな?」と疑問を浮かべるレベルだろう。だけどもその心配が無いので、俺はここでこの偽物をおちょくるのを止めようと思わなかった。
「じゃあ次はそのお茶とやらの銘柄を教えてくれ。さぞや美味しいお茶なんだろ?それと菓子は何を持ってきたのかな?」
この質問に偽物は俺の知らないお茶の名前を口にする。まあ当然だ。俺は王侯貴族が飲んでるお茶などに興味が無いのだから知るはずも無い。そしてその名前を聞き流す。当然覚える気など無い俺は次には菓子の名前も扉越しに聞こえてくるがそれも右から左へと耳を通り抜ける。
「殿下、どうでしょうか?お気に召しませんでしたか?いい加減に湯が冷めてしまいます。どうか鍵を開けては頂けませんか?」
俺はこの時まだまだハイテンションで揶揄うのを面白がっていた。
「ハハハハハハ!?駄目だなぁ~、駄目駄目だ。鍵は開けられないぞ?何せ・・・まだ合言葉を言っていないじゃないか!合言葉を言ってくれなくちゃ開けられないよぉ!」
もちろんそんな物はチェルと交わしていない。当然こんなものに「答え」など無い。俺の気分次第だ。
この言葉でどうやらこの偽物チェルは観念したようにその答えの無い「合言葉」を当てようとして様々な単語を口にし始めるのだった。
 




