1206 その件にかんしましては
翌朝。俺は気持ちの良い朝を、迎えられなかった。外の様子は陰鬱になりそうな曇り空と雨。
これではおそらくだが王子様の捜索に支障が出るだろう。隠れている場所にずっと閉じこもっていたりすればソレはそれだが、外を歩きまわっていた場合だったらこんな雨の中だ。マント、フードを被っている人々が基本となるだろう道で、顔の確認をするに一々その相手にフードを取って貰う事を要求しなければならなくなるだろうからだ。
手間も掛かれば時間も余計にかかる。今日の捜索では余計に王子様が見つかる期待は下がると言う物だ。
「あと何日すれば見つかるかね?そもそも、もしかして誘拐されていてこの国からもう連れ出されてたりとか?あるいは殺されてたりしないだろうな?」
そんな場合だったら俺がここから退散するタイミングが分からなくなる。そもそもにそんな情報が入ってこない。判断ができる材料が乏しい。
いざとなればここから本気を出してケツ巻くって逃げる決意はある。だが、それを決断させるだけの情報を得られないと、何時まで経ってもこの城に俺は閉じ込められ続ける事になりかねない。
こんな事を考えていたらチェルがノックもせずに扉を開いていきなりやってくる。
「おら!着替えろ!飯を食え!そんでもって仕事だオラァ!それと一発殴らせろこのクソ殿下ァ!」
今日もチェルは全開だ。口が悪い、悪い。それに合わせて俺もテンションを上げて行かねばならないだろう。
今日は整頓した書類のチェックだ。アレだけの量だ。三日、あるいは四日、問題が有ればそれ以上かかるだろう枚数である。
読むだけで一苦労。判断を下す時間で一苦労。オッケーを出した書類にはサインを山としないといけないので一苦労。ふざけた書類が有ったらソレを出した部署へと突き返すために一苦労。クソくだらない書類は破棄だし、「殿下」が独断で許可を出せない案件は出す相手が違うと指摘しなけりゃいけないだろう。
「このうちの幾つが俺、捌けるのかね?そもそもこんな仕事を俺が捌けるとは思えない・・・」
普段からお貴族様とやらがどんな仕事とやらをやっているのか俺などが知る由も無い。王侯貴族とは一体いつもどんな指示を出しているのだろう。
コレは後でチェルに「保留」のための箱も増やして貰わないといけない。じゃんじゃんそう言った判断ができない、あるいはし辛いモノは即座に「スルー」をしないと片付く物も片付かなくなる。
こう言った事はだいたい問題の先送りと言うのだが、そんなのどうしようもない。俺は本物の「殿下」じゃないのだから。
今日はチェルが作り持ってきてくれた温かい食事をこの部屋で摂った。その後は直ぐに着替えて執務室へと向かう。
すると先ず部屋に入ってきた時に違和感を覚えた。部屋に新たな書類が持ってこられていない。昨日の片付けられた後のままだ。
この部屋にはアレだけの書類の山があったのだから、昨日に出た分の書類がやっとこの片付いてきた部屋に持ち込まれていてもいいはずだ。
「クソが。やっぱりかよ。嫌がらせも合わせて、くだらない案件をこっちに入れておいて倉庫代わりってか?ふざけた事を・・・」
ここまでお付きとしてチェルが付いて来てくれたが、執務室に入って俺の感じた違和感を直ぐに理解した。怒りを露わにしている、いるのだが、やはりその表情はニッコニコである。笑顔の仮面だ。そこに温かさの欠片も見えない冷えた笑顔の仮面である。怒っていても表情がアルカイックスマイルだ。コワイ。
こうしてボーっとしいていても仕方が無いので俺は執務のために椅子に座って「重要案件?」と書かれた箱から書類を先ず取り出して一枚をチェルに読んで貰った。
「来年度国家国防予算案。駄目じゃん!」
チェルは叫んだ。コレはそもそも国王と、財務大臣と、軍部と、そして国の境を守る貴族などを集めて決めるタイプの奴だ。
何故そんな物がこちらに紛れ込んでいると言うのか?これを王子様にどうしろというのか?この執務室に入る前にチェルには箱の用意を増やしておいて欲しいと言っておいてある。
もっと細かく分類して書類を整理していくためだ。そして各部署に「突き返す」為に用意したのだ。先程の書類をその箱へ突っ込む。
「と言うか、こんな事になっているこの国って本当に大丈夫なの?」
俺は心底心配したが、それでもどうやら国は回るようで。
「国王陛下は、ほぼほぼ全部、部下に丸投げだよ。大体の事は専門のそういった部署が全部決めてるようなもんさ。後は判子を貰うだけ。中には審議され切っていない腐ってやがる案件が紛れ込んでたりもするだろうよ。」
チェルはそうブスっと機嫌悪そうにそう言い切った。不正がどうやらある程度はこの城の中で蔓延っている、と言ってしまっている。正直それをチェルが口にして良いモノか?と疑問だ。憤るのはチェルがそう言った「腐った」事が大嫌いだと言う事は分かったが。
こうして一枚一枚を確認していき、次々に箱へと突っ込んで行く。そうやって午前中、昼前までに山となっていた書類の三分の一をハイペースで捌く事ができた。
とは言え、それらはほぼほぼが却下、もしくは第一王子が許可を出す案件じゃなく、国王、その他の重要機関が会議をして捌かなければならない案件ばかりだった。




