1199 へん~・・・しん!
救いがあるとすれば、専用のお付きのメイドが風呂にまで一緒に入って来て「お背中流します」と言った展開にならずに済んでいる事くらいか。
既に張ってあった湯船に浸かり俺は大きな溜息を吐く。
「ぐはァ~。ホント、間違えたなどっかで。城下町に入ろうとしなければ良かった?それとも囲いを無理矢理突破して逃げれば良かった?一時的にも時間稼ぎをしていたらこんな流れにはならなかったかも?でもなあ?そんな事してもそもそも俺にはこの国の金なんて持ち合わせが無い訳で。」
逃げ出した先で宿を取って部屋に閉じこもる、なんて事ができなかったはずだ。その場合は野宿する事になっていたか、あるいは他の「問題」にぶち当たっていた可能性も否定できない。
こうして王子様にそっくりな顔である事はもう仕方が無い事なのだろうと思う。世の中には自分と同じ顔した存在が最低でも一人はいる、とか聞いた事あったりするから。
そもそもこの団長にお願いされたからと言っても、どこかのタイミングで気が変わって逃げ出したりして居たらきっと今ここには居なかったはずだろうな、と思うと「ぐぬぬ」となる。
「出よう。長風呂してると気持ちが落ち込む。今は何も考えない方が良い。」
もうこうなってしまったからには逃げ出そうとは思っていない。いや、心の奥底では心底逃げたいと思ってはいる。でも俺が逃げ出したせいで「酷い事」になった場合に、今の俺の「逃げたい」と言う気持ちよりも何倍もの負担が心にのしかかってくるかも知れないと考えると、逃げ出す気にはならない。
沈んだ気持ちをリセットするつもりで、一度顔にバシャッと湯を掛けてごしごしと洗うと、俺は湯船から上がる。そして用意してあったタオルで身体をザっと拭くと、これまた用意されていたバスローブへと着替える。
そして風呂場から出ると真っ先に文句を言われた。
「出てくるのがおせぇ!時間無いって言ってんじゃん?頭悪いなお前。さっさとこっちにこいよ。準備が有んだからよ。私の手を煩わせないで欲しいんですけど?」
チェルだ。いきなり俺は「頭悪い」と断じられてしまった。俺も自分でそこまで頭が良い訳じゃ無い事は自覚している。だけどもこんなユルフワな可愛いメイドさんに罵倒されると先程風呂場で落ち込んでいたのでかなりクルものがある。
変な意味でも無いし、そう言った趣味でも無い。只々、ひたすらに落ち込む。
しかし気付く。この部屋に先程までは居なかった男がいる。そして代わりに団長が居ない。そんな疑問を読み取ってチェルが説明をしてくれる。
「団長さんは王様に報告しに行った。こいつは、まあいいや。さっさと座れ。」
出された椅子に俺は座る。項垂れながら。風呂でサッパリしたと言うのに俺はテンションが上がらない。
多分チェルの俺への言葉の裏に「虫けらが」と含まれているのが何故か分かるからだと思う。声の中に潜む棘が酷い。
俺は殿下じゃ無いんだからもうちょっと優しくしてほしい所だ。でもこれだけ嫌っている王子様とそっくりな顔が目の前に有るのだから、コレが彼女の「普通」だと思って今は耐えるしかない。
「ほうほう?これほどまでにそっくりですか。いやはや、私の魔法の出番が無い程ですね。」
俺の前に進み出たこの男はどうやら魔法を使うらしい。そしていきなり俺へと何の断りも無しにピカッと手を光らせた。
どうやら俺へと魔法をかけたようなのだが、俺にはどんなモノを掛けられたのかが一瞬分からなかった。
そこに鏡を持ったチェルがぶっきらぼうに俺の顔をソレに映し込む。
「髪も目も変えた。こいつは王族お抱えの魔法使いだ。使えるのはこんなちゃちな魔法しか無いんだがな。効果覿面だぜ、こりゃよ。まんま、あのクソ殿下じゃございませんか。ねえ?一発全力でぶん殴っていい?いくらで殴らせてくれる?」
拳を作りにじり寄ってくるチェルがコワイ。本気なのか冗談なのかが分からないその目がコワイ。俺は小声で怯えつつ「遠慮させてください」と断るのが精いっぱいだった。
コレに「なーんだ、ツマンネエ。根性無しが。」と罵倒された。この吐き捨てられた言葉に納得いかないけれども言い返したくも無い。なにか言おうものならまたしても罵倒されるか、毒たっぷりの言葉が俺へと返されると思うと迂闊には喋れない。
その横ではこの魔法を使った男が。
「本当にこれっぽっちの魔法で殿下と全く同じ顔になるとは。イジリがいが無いですね。後は髪型だけですか。かつらがありますからコレで充分でしょう。」
そう、俺は金髪碧眼になっていたのだ。この男の魔法で。どうやら王族の「万が一」の時のために「囮」「影武者」を作り出すための魔法「だけ」を使う役割の魔法使いらしい。
しかもこれっぽっち、と言っている所からしてもっと色んな「作り替え」ができると言う事らしい。骨格か、肉付きか、あるいはもっと細かい部分までを作りこむことが可能なのかもしれない。
ある意味で恐ろしい存在である、この魔法使いは。はっきり言ってかなりの「脅威」だ。これが悪用されでもしたら「犯罪」がし放題だろう。
そんな事は関係無いと言わんばかりに今度はチェルが俺を椅子から立たせる。
「オラ!脱げ!そしてコレ着ろ!次はコレ!ハイ次コレ!そんでもってこれをこうしてこうやってえぇ~!とうりゃ!」
俺は一瞬にしてバスローブを引っぺがされた。そしてこのメイドは次々に俺へと「殿下」になる為の服を突き付けてくる。ズボン、シャツ、上着、靴、手袋、などなど。そして最後にチェルは俺の背後に回って「ガポッ」っと長髪の「かつら」を頭に被せてきた。
そしてササッとかつらと俺の髪が絡んでそう易々と髪型がズレない様に櫛を通して整えた。
俺はこうしてどこからどう見ても「お貴族様」と言った感じの格好になる。その最初の俺の感想が。
「予想していたよりもこの服装、重い。」




