1194 逃がさないと気合が入っております
この城下町に入って最初に寝るベッドが王城の、ましてや第一王子の部屋のベッドになるとは誰が予想できようか?無理だろ。
俺はそんな気分でベッドから起き上がった。
「いつまで続くの?見つかるまで?で、それは・・・いつ?」
ぼーっとしながら俺は部屋の天井を見上げる。とその時に「失礼します」と入ってくる者が居る。それはメイドだ。
この第一王子付きの「チェル」と言う名のメイドだ。俺はメイドを無視して昨日の事を思い出していた。
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俺はこの城下町の入り口、城壁門の側までやって来ていた。そこにはこの街に入ろうとする者の行列が。
「何か懐かしいな。こうして新しい場所に到着するとこうして門で検問を受けていたよなぁ。・・・駄目だ。良い思い出が無い。寧ろ、こっちの「身分証」がそもそも無いんだわ、俺。」
いきなりヒノモトから飛ばされた俺がそう言った物を持っている訳が無い。このまま並んで俺の番が来たとしても門を通るための通行料など支払う金も無い。
なのでここで列から外れて城壁から離れようと思った時に「見つかって」しまった。誰にか?
ソレは凄く煌びやかでピカピカのフルプレート鎧の十人の騎士に、である。
「騎士団長!こちらに!」
俺はこの時ほんのちょっとだけ迷ってしまったのだ。コレはすぐさま逃げ出せば「回避できる」案件なのか、否かを。
でも、その一瞬が致命傷だった。あっと言う間に囲まれてしまったのだ、俺は。
そこに一人、この中で一番派手な鎧を着た四角張った厳つい顔の男が俺の前に出てきた。
この時に俺は直ぐに後悔と理解をした。逃げれない、と。俺を囲む騎士たちには隙間が無く、ぴったりとスクラムを組まれ「鼠一匹逃さない」と言う気合が溢れていたからだ。
そして俺へと近づいてきた男は恐らくは先程呼ばれていた「騎士団長」であるのだろう。それは当たっているようであった。
「アレクサンドロス殿下、この様な所におりましたか。もう時間がありません。戻って頂きましょう。」
真っ直ぐに俺の目を見る騎士団長。しかし俺はその目を見返した時に確信した。
(コイツ俺が別人だと分かっていて演技してやがる・・・)
この男の口から「殿下」と出た以上はもうこの展開的に流れが読めた。この騎士団長は俺を「殿下」として連行する気だ。
何処へ?ソレは王族が連れて行かれる場所と言えば城しかない。そして何の時間が無いのか?ソレは王族が出なきゃいけない儀式か何かの事だろう。
すぐにこうして先が読めるのは本当にどうかしていると思う、自分でも。だけどこんないきなりの展開、どう考えたってこの短いセリフだけで読み切れてしまう。いわゆるテンプレだ。
ファンタジー物でそこまで目立つ様な題材では無いが、一般人が王族と瓜二つで入れ替わり、とか、影武者になるとか、そう言った題材はあるあるである。
ここで騎士団長は俺に近づいてきて耳元で小声で話し始めた。
「すまない、もう本当に切羽詰まっているんだ。高い給金は払う。どうか何も聞かずに私の頼みを聞いてくれないか?説明は後に絶対にする。今は付いて来て欲しい。」
その余りにも苦しそうな声音が俺には不憫に感じてこの願いを聞き入れる事にした。とは言えどうせ俺がここで「本気」で逃げ出したとしても、きっとこの件に巻き込まれると言う勘が働いているからでもある。それと、この国のお金も手元に無いので、もうこの様な形になったのならその高給とやらも貰えるのならと考えての打算も含まれている。
こうなったらこの案件にかかわるタイミングが、後になるか、それとも今からになるかの違いだ。どうせ「逃げきれない」だろうと。俺も諦めが早くなってきた。もうこういった事に何度も巻き込まれていると「ハイハイワロス」と言った諦めの境地にならざるを得ないのだろう。哀しい悟り方である。
こうして俺は団長の言葉に声を出さずに一つ頷くだけで了解の意を示す。
すると俺は騎士団に隙間無く囲まれ「逃げられない様に」厳重に警護されながら城に連れて行かれる事になった。
この時の俺はこの後どの様な事が起こるのかなど、想像すらできていなかった。




