1191 相応しくない者とざわめく周囲
「父上?何故コイツをここから叩き出さないのです?今日この場は私とミリアとの婚約発表の場じゃないですか。無能なコイツを即刻この場から立ち去るようご命令を。」
いきなり兄をコイツ呼ばわりするガインネル。しかしコレに国王陛下は取り合わない。王侯貴族が腰を下ろす特別スペースから動き出さない。
その場所には王妃も隣にいるのだが、その王妃すらも何も言わずに扇で口元を隠しているだけで何も発しない。
国王のパーティー開始の宣言でこの場に集まっている貴族たちは只ひたすらに水面下で動き始める。アレクサンドロスに派閥は無かったとしても、彼を祭り上げようかと多少は考えていた者たちはガインネルの「無能な兄は排除」宣言でガインネル派閥へと移るための相談をしているらしかった。
そもそも派閥など作らずにいた者たちもこの件で少なからず自分の身の振りの方向を決めねばならなくなったと言える。
国王陛下がガインネルの言葉を無視するような形になっているこの状態が、貴族たちに混乱を作り出して僅かながらに纏まるモノも纏まらない、と言った空気が滲んでいる。
この光景に悔しそうな顔を作るミリアーネとガインネル。自分たちが主役だと思っていたのにもかかわらずに、その自分たちがしようとしたシナリオ通りに行かない事が腹立たしいと言った様子だった。
ミリアーネは「アレクサンドロス」をキッと睨みつける。気の強そうな吊り上がった鋭いその眼光はかなりの迫力を出している
ガインネルも同じく苦々しい顔で「アレクサンドロス」を睨む。だがそれも短い時間だ。ガインネルとミリアーネは自分たちを支援する貴族たちの輪だろう方へと歩いて行く。
「このような無能にこれ以上付き合う時間が勿体ない。行こうかミリア。」
「はい、ガイン様。この者の顔など、もう二度と見たくはありませんわ。」
こうしてそこにはポツンと取り残された第一王子「アレクサンドロス」。彼に近づく者は一人もいない。何せ今さっき第二王子から「愚者」というレッテルを盛大に貼られたばかりだ。
そんな者に近づいて他の貴族たちに除け者にされては堪った物では無いだろう。この場に招待された貴族の誰一人として第一王子に近づくような真似はしない。いくらこのパーティーがその第一王子の誕生会だとしても、だ。
普通は挨拶に来るのが礼儀だろう。だけどもそういったモノは将来を売り込みたい者たちが主にする事だ。
未来の王に顔の覚え宜しく、重要役職へと付けて貰える、権力をより欲する者がゴマをすりにくるのである。
だけどたった今それを思い切り否定したのが第二王子と言う存在なのだ。こいつは王の器じゃない、と。なるのは自分だとこの場で声を大にして言い放った。
普通ならそんな事では王位継承権など揺るがないだろう。世迷言だと言われてしまう案件だ。だけどそうならないのはこの第一王子の普段からの行動が原因である。
街中に紛れて一般人と肩を組んで酒を飲みかわし、時には冒険者として魔物狩りに出かける。
屋台飯を食い、女性に声を掛けてナンパする。悪ガキどもとつるんで悪戯を行って成功すればゲラゲラ笑い、失敗すると逃走。その失敗さえも、さも面白いと言った顔つきで悪ガキどもと一緒にゲラゲラ笑いながら次はどんな悪戯をしようかと悪だくみをしながらだ。
とんだ放蕩息子、どころの騒ぎでは無い。これでは愚か者と呼ばれてもおかしくないだろう。第一王子は「王族」だ。普通なら城でお勉強をしているハズの所をこうして自分に付いている護衛の目すら盗んで城から抜け出し、こうした行動を何度も。それこそ日常の様に繰り返している。
今このパーティーで第一王子「アレクサンドロス」は一人である。誰も味方が居ない状況だ。
だけども第二王子ガインネルが「愚か者」と断じたのに、婚約破棄も正式にどうやら認めたのに、国王陛下はこのパーティーの主役は「アレクサンドロス」だという旨でパーティー挨拶をした。
この場合は国王は味方でも無く、敵でも無いと言った所なのだろう。本来の行事予定通りの進行をすると言ってのけただけだ。
この国王陛下の言葉でとかく大きな混乱は起きず、しかし巨大な波紋は残して、パーティーは進んで行った。




