1138 閑話 繋がる大陸
親しみを込めて「大将」と、宿に来る常連客達から呼ばれている。時々海に出ては大物を釣り上げてくるのでそう呼ばれ始めた。
この宿を経営して長いが、あの時から客の数が見る見るうちに増えた。
そのおかげでこの街もかなり潤っているが、一時的なモノだろう。
「あの時に食った例のアレの話を毎度の事聞かれるのはどうなんだかなぁ?」
この街に住む者たちのあの肉を食った奴らの口に戸は立てられない。
それらが広まって他の地域からこの街へと観光客が押し寄せてき始めているのだ。
ソレを商売のチャンスとして「釣り」を押す者たちが出てきたものだからどうしようもない。
釣りに嵌る奴らがウチの宿の事を聞いて泊まりに来るようになりやがった。
「忙しいのは、まあ嬉しいんだがな。あの時の肉の話をねだられても困っちまうぜ。」
俺はそう言った話を聞かせて欲しいと言ってくる客をいつも「秘密だ」とあしらっていたが、それももう限界になり始めている。
その話を求める客が増えたからだ。毎度一人一人あしらうのも面倒臭くなってきやがった。
「纏めて集めて話しちまうかぁ。」
この街に元々住んでいる奴らまで俺に話を聞こうとして宿に押しかけてくるので厄介だった。
「アンちゃんよ。スマンな。俺にはあの船の上の出来事をずっと腹にしまっとくのは無理だったみたいだぜ。」
アンちゃんと話したあの特別景色が綺麗な部屋の椅子に座り、外の海を眺めながら酒を一口飲む。
大将と呼ばれていた俺がこの話をした後に「伝説」などと言われるようになってしまうなんて思いもしなかった。後悔は先に立たない。
この話の後に宿に客が殺到して「知る人ぞ知る釣り人の宿」だった静かな俺の城が、人でごった返す様になっちまうのは、もう少し後の話だ。
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サイトウが提供してくれたこの肉はどうやって食べても美味い。煮る、焼く、薄く切った生で。どれもが信じられん位に。
この肉の不思議な所はこれを食べたワラワがこの様な姿になった事じゃな。
「ずっと成長が止まっておったからな。このまま歳を取るのか、まさか、と心底思っておったからのう。」
悪い影響が出た訳で無く、これはワラワがずっと心残りだった事じゃ。見た目が、身体がずっと子供のままで大人になるかもしれなかったと思うと怖かった。
いつまでも子供扱いをされ続ける事がどれ程に辛かった事か。それを表に出さないようにし続けるのも辛いモノじゃった。
「今となってはワラワと面会する者たちに舐められる事も無くなって満足満足。」
ずっと不満だった阿呆どものあの態度。それがこの先無くなると思えば感謝してもしきれん。
「だがのう、今のこのワラワの美貌に擦り寄ろうとしてくる者が代わりに現れ始めたのは誤算じゃのう。」
ワラワの美しさは母上譲り。父上が母上とのなれそめを語る時はいつも母上の美しさを語る。
「何度ソレを今まで聞かされてきた事か。それにしても今回の邪龍の件は、もしかしたら父上は帰らぬ人となってしまうかも知れぬ戦じゃ。サイトウが付いているという話じゃが、それでも、心配は尽きぬ。」
サイトウの強さは信じられん程のモノじゃ。彼の者がいれば被害はきっと最小限に抑えられよう。
しかしワラワはその邪龍と言う存在がどれ程に強力なのかは知らぬ。何事も無ければよいが、覚悟だけはしておかねばならぬ。
「このモノノフはワラワにお任せあれ。父上が居ない間もこうしてワラワがしっかりと代理を務めます故。」
仕事の合間に休憩を挟んでいる間、ワラワは茶を飲みつつ父上の無事を願い続ける。
「さて!ソウシンもツバキも居ないのじゃ。道場の方の庇護の手続きもしておかねばな。二人が帰ってきた時にはさぞ驚くじゃろうて。楽しみじゃ。」
そうして毎日の仕事を熟している時にその報は訪れた。それはワラワもそうあって欲しいと願った最上級の結果だったが、それ以上に最後の一言が気になった。
「モノノフに被害は皆無、オンミョウにも全く被害は無し!サダノブ様にもお怪我はありません!・・・しかし、一人だけ行方不明者が・・・」
「ふう~、それは何よりじゃ。邪龍討滅の祝いを催そうぞ!・・・で、行方不明者?何故その一名だけのために報告がなされた?」
ワラワはこの事に何か引っかかるものを感じたのじゃが、すぐにその答えを知る事になる。
「サイトウ、と呼ばれるものが事故によって姿を消したとの事です。詳しい所は教えられておりませんが、捜索隊が組まれており、捜索中とのことです。モノノフ、オンミョウ双方で捜索隊を編成し、この者を見つけ出せというご命令が出されています。」
コレにワラワは驚いた。でも、何故だかサイトウが死んでいると言った事は思わなかった。詳細が分からないとは言え確信に近いものであったわ。
コレに「あい、分かった」と言って伝令へ「良く休むように」と言い付けて下がらせる。
「ふう~。どう言う事かは全く分からんが、あれ程の者が死んだとは考えにくいのぅ?それよりも、ワラワはワラワの仕事を終わらせるべきか。」
心配をしても仕方が無い。状況が今どうなっているかも分からなければ打つ手も無い。
ならば今しなければならない事をし終わってから悩めばいいのじゃ。今ワラワが為さねばならぬ、ワラワしかできぬ仕事を先ずはしっかりと熟すのみよ。
「まあ、なんじゃろうか?心配をしてもしなくとも、あれ程の強さを持つ者なのじゃ。杞憂なのじゃろうな?」
ワラワは残った茶を飲み干してまだ途中の仕事へと取りかかった。
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「サダノブ、緊急です。サイトウが・・・消えました。」
「おいおい、冗談だろ?・・・あの光は、それだったのかまさか?」
二人はお互いの顔を見合って深刻な表情へ。
「私が迂闊な真似をしたばかりに・・・いえ、すぐに捜索隊を出します。」
「おう、俺の所も出す。で、いったい経緯は・・・いや、違うな。何で消えた?」
サダノブは消えた経緯では無く、何によって消えたのかを聞く。
「・・・恐らくは、で言いますが、転移、です。邪龍を封じていた媒体に入っていた術の一つが暴発しました。」
「何処へぶっ飛んだかは・・・?見当がつかないって事か・・・」
サダノブはセイメイの顔付きの厳しさにそう悟る。
「だがな、このヒノモトのどこか、って言う可能性は残ってるんだろ?なーに、あいつの事だ。死んじゃいねーさ。」
「恐らくは、で、転移だと予測したまでです。アレがもし違う術だったとしたら・・・」
悔やんでも悔やみきれない、そんな表情で違う可能性を述べるセイメイ。
「俺たちがあいつにしてやれることは何だ?お前いつからそんな弱気になりやがった?歳か?」
「いつもいつも貴方には助けられてばかりですね・・・やりましょう。嘆くのはこのヒノモトの隅から隅まで探し尽くしてから、ですね。」
「おうよ、俺たちにできる事をやり切ってからだぜ。それにな、助けられてばかりって言うが、俺だってお前に助けられてるぜ。こんな恥ずかしい事言わせんな、ってーの!」
二人は笑い合い、そして肩を組み合う。そんな様子をオンミョウの術者たちも、モノノフの兵たちも全員が視界に入れていた。
「さあ、やろうぜ!邪龍とやり合っても被害は全く無かった!こんな奇跡はアイツが居なけりゃ起きなかったどころか、邪龍だって倒せなかっただろうぜ。」
「そうですね。勝ってもその一番の功労者が居なければ締まりません。全力を持って探しましょうか。で、サダノブ、質問です。彼は死んでいると思いますか?」
このセイメイの質問にニヤリと笑うサダノブ。
「そいつは無いな!ガハハ!あいつがやられちまって地面を舐めてる所なんて思い浮かびもしねえや!何故だろうな?あいつが野垂れ死んでるなんてまるっきり考えもつかねえや。」
豪快に笑うサダノブにつられてセイメイも同じ感想だったのか、大きな笑いを上げる。
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こうして二人のその姿と邪龍戦の勝利でモノノフとオンミョウの関係は少しづつ改善していく事になる。
捜索隊が兵と術者の合同で組まれるように編成がされて、その関係改善は急速に広まっていく。
もちろんこの改善にはシノブの兵と術者が間に入る事に因ってなされたのだが、それはサダノブとセイメイ以外で知る者は少ない。
シノブの兵も術者も、オンミョウやモノノフに紛れて普段からの活動をしていたので、この裏側を知るのはホンの一握りの者たちだけ。
こうして双方は少しずつだが歩み寄って行き、将来は友好な関係を築く事になる。
そしてその捜索を海へと広げた捜索隊はいつしか他の大陸へと上陸。その海街との交易をし始める事になるのだが、今はその事は誰も夢にも思っていない。
ちなみにこのヒノモトの捜索隊と第一に遭遇する人物はその海街で「大将」と言うあだ名の男である。




