1107 気にすんな
向かってくるその速度は幼児が走るより遅い。なので俺の方から近寄った。
近寄ってその突出している牙を掴み、そしてブレーンバスターの如くにその巨体を持ち上げる。
もちろんそのまま魔獣の背は地面へと叩きつけられる。猪の体重も相まってかなりの力、衝撃になった事だろう。
加速を解いた時が怖いな、と思いつつも一旦ここで一息つく。そして解除した。
ズドン、そんな振動が地面を伝って広範囲に響く。音もだ。
予想していた魔獣猪の体重は相当な重さだろう。余裕で「トン」超えだ。その重さ自体で自らに相当なダメージを負う事になるとは猪自体も思わなかった事だろう。
まあ今は既にその息も無く、そんな事はできないでいるのだが。一番レベルの低い加速状態だったとは言え、その状態で地面に叩きつけられたのもプラスして猪はこれだけで絶命していたのだ。
即死した原因に恐らくは叩きつけられた衝撃に精神の方もやられてしまった事も追加であるだろう。
「さて、解体するか・・・おっと、お前ら居たのか。うん?ごちそうに与りたい?まあ、いいか。そういやずっと屋敷に居る間にお前たちは飯食ってなかったもんな。分かった。全部食っていいや。おっと、ちゃんと解体するから、ちょっと待ってな?」
野性の動物と言うのは数日間餌が獲れない時もあるという。ならばここは狐親子に餌を提供するのはやぶさかではない。
これから邪龍の件でもお世話になるのだ。そんな時に狐親子が「お腹が空いて力が出ない」などと言った状態になっていたりすると目も当てられない。
俺はこの場で猪を魔法カバンに入れずに解体をした。次々にサクサクと手際良く肉を切り離し、内臓の方も狐親子に提供する。栄養がある部分はバンバンと子ギツネに食べて貰って大きく成長して貰う為に。
こうして次々に処理を済ませていればあっと言う間に綺麗サッパリ猪は跡形もなくなった。
残りは皮、太く立派な骨、凶悪な牙だけに。
「まぁ~、スゲー食いっぷりだな。パクパクぺろりと行くもんだから調子に乗ってやり過ぎたか?まあ、イイだろ。残りはしまうか。じゃあ追い付こうか。道には足跡だもんな。これだけしっかりと分かれば後を辿るだけだし道にも迷いそうも無い。行こう。あ、そうか、食べた後は直ぐに走るのは辛いもんな。後から追い付いて来いよ?んじゃ先に行ってる。心配されてるかもしれないしな。」
俺は牛車の爆走した轍を辿り道を走る。その速度も少々多めに上げてだ。
そうしないとすぐに追いつけない。加速を使えばいいだろう、とも思えども、あれは長時間使うと俺自身が俺自身の考えを制御できなくなるので今ここではそれを却下する。
とこうして追い付けば。やはりここでもギョッとした目の術者たちの視線にさらされる事になる訳で。
俺はこうしてこの二度目の休憩している所に帰還した訳だ。
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「それにしても大妖殿はいずこに?休憩ももうソロソロ終わりで出発をしますが・・・」
セイメイ様がそう口にする。コレに俺は大丈夫だろうと言っておいた。
「先の魔獣を餌として食べて食休み中だから。それが終わればすぐに追いつくんじゃないか?ほら、噂をすれば見えてきた。」
金と銀の美しい輝きを持つ妖魔が遠くに見えた。その動きはまるで空中で踊るように軽やかだ。
「おう、ありゃあちょっと見ない間にまた力を付けてんじゃねーか?どういうこった?」
お殿様が驚いているが、この理由は明らかだ。あの猪の魔獣が予想よりも「魔力」をたっぷり蓄えていたのだ。
「気にしたら負けなんじゃないですかね?味方なんだから喜びこそすれ、怖がることは無いですよ。」
俺はそんな事を言ってお殿様とセイメイ様に気にすんな、と声を掛けておいた。




