110 悪だくみとその犠牲者
レイカーナ皇女に情報がもたらされた日、同じ城での別の一室で椅子にふんぞり返って座っている男がニヤニヤと笑みを浮かべて酒を楽しんでいた。
その男の名はゴルデウロー。継承権第二位の皇子。彼の機嫌が良いのには訳があった。
目の前に跪く男がもたらした報告によって彼は上機嫌だった。
「よく間に合わせた。褒めて遣わす。これで式典には阿鼻叫喚の嵐が吹く事だろう。あの忌々しい第一位をようやっと亡き者にできる。かの席は私こそが相応しいという物だ。」
その言葉に同意する騎士が頷きながら言葉を紡ぐ。
「さように御座いますな。しからばこの式典にてゴルデウロー様こそが最も皇帝に相応しい力を持つと、民衆も認めるでしょう。」
そこに髪の毛がくしゃくしゃのまるで乞食に近い恰好の様な男が発言する。
跪いている男はニタニタして研究成果を自慢するように報告を続けた。
「研究の成果はもう実証済みで御座います。後はゴルデウロー様が主だと「印」を刻むだけです。」
「ほう、それを知る者は他には居るのか?」
「いえ、既に報告に上げた通りに御座います。私を拾って頂いた、そしてこの研究に投資して頂いた御恩に報いる事ができたと自負しております。私以外の者にこの研究を知り得る者はおりません。それこそ私をバカにした者たちなどにこの偉大な研究が理解できるとも思えませんが。」
「素晴らしい!そうまさにお前の研究は実に、そう実に俺の野望にぴったりだった。これは俺からの些細な礼だ。受け取れ。」
ゴルデウローの側に立っていた騎士はいつの間にか跪く男の後ろに移動していた。
褒め讃えられて喜びの表情を見せる男。だが次の瞬間には何をされたのか理解できないと言った顔に変わる。
彼の背中は深い傷ができていたから。致命傷で既に助からない程のそれから血が噴き出し、服からこぼれて床に血溜まりを広げる。
床に這いつくばった彼の頭の中に出てきたのは呪詛ではなく、只々「何故」だけだった。しかし彼の意識もすぐに断たれる。その心臓に剣を突き立てられたから。
「お前の利用価値はもう無い。いつも小汚い汚物の相手は疲れたが、それももうこれで終いだ。研究成果が出て絶頂の内に死ねたのだから褒美としてはこいつには出来過ぎだろう。この研究を知る者は私の認めた者だけでいい。」
そう言葉にして酒を一口飲む仕草は悠然としていて流石皇子だと言う事を感じさせる。
そんな皇子のその言葉はもう既に事切れた彼には届くはずも無い。名も無き研究者、とある成果を残してすら誰の記憶にも残らない。
後に歴史に名を残すのはゴルデウローと言うその名のみ。
「すぐにゴミは処分しておきます。で、これからすぐに「道具」の所へ向かいますか?」
「いや、まだいいだろう。この事を知っているのはごく限られた者だけだ。それに「鍵」は俺が持っている。そう焦ることは無い。それよりもダグザス、例の組織から何も無かったのか?」
ダグザスと呼ばれた騎士は難しい顔をし始める。
「それに関してはまだ見張りから連絡が来ておりません。機を見るにもうこちらに使いを寄越しているはずですが。帝国に入った情報もまだありません。」
「ふん、まあいいだろう。肝心の物の完成が間に合ったのだ。それと比べれば奴らの戦力なぞ所詮は虫けらの如くだ。保険程度に見積もる位で構わんさ。いや、今はもうそれ以下だな。」
「全くですな。奴らはゴルデウロー様に対して、さも「力」が対等だと勘違いしている様子。交渉の時もこちらを侮っていましたな。ましてや本来なら媚びへつらう立場な平民のクセに頭の一つも下げては来ませんでした。」
「何、そう言ってやるなダグザス。俺は利用できるモノには相手を騙すために下手に出る事を厭わん。頭に来た時。それは利用価値が無くなって処分する時だ。今はまだ奴らは使いようが残っている。」
椅子から立ち上がって部屋を出るゴルデウローに付き従いながらダグザスは尋ねる。
「それでは奴らの処分はいつ頃に致しましょう?」
「そうだな、今回の件が片付けばその時には奴らを「解体」して「武」も「金」も貰ってやろうか。帝国のさらなる栄華のために、そして私の野望の為に。な。」
ツカツカと廊下を歩いて行く彼は、その組織が一人の青年によって壊滅した事を知らない。
そして自分の野望を後に、彼こそが、それこそ粉々に打ち砕いてくる事を知る由もない。




