1041 お庭で七輪
今俺は七輪で焼いている。だだっ広い庭で。一口大に切ったイカを。
そこで最初にイカを出した時に魔法カバンに驚かれたのは言うまでもない。それを完全スルーして俺は炭火がパチパチと音を立てている網へとイカをどんどんと乗せていった。
そもそもこうなる前に姫様のお願いに俺は説明を先ずしたのだが、それでもと懇願されてしょうがなく今こうしてイカを提供している。
して、その説明と言うのはだ。
『この身は食べた者に何かしら影響が出る。ソウシンはこれを食べてこの様な姿になったし、ツバキは時間差で疲労回復の効果が出た。俺は何も出ていない。個人差があって姫様にどのような影響が出るのか分からない。悪影響が出るとは思えないのだが、それでも何かしらあってからでは遅いかもしれない。』
である。イカは大将も食べているのだが、おそらく体内魔力が増えた程度だろうと思われる。
大将の体調に関してはその後の経過を詳しく聞いてもいないし、観察も続けられた訳じゃ無い。
でも具合を悪くしたようには見えなかったので大丈夫なのではと思っているのだが。
それでもこの姫様にどのような影響が出るかは予想が付かない。俺だってこのイカの身がこんな個人差の激しいランダム効果が出るなんて思いもよらなかったのだから。
ソウシンの身体がまさに「健康体」に一瞬でなったのをこの目で見てしまっているうえ、ツバキがアレだけ道中の疲れがあったにも関わらずに疲れが全く無くなったと言った時に、まさか、と俺もイカの効果を知ったのだ。
これを「毒」と見るか、そうで無いかは個人の見解の相違と言うモノだろうとは言え、このまま姫様に食べさせていいモノかと不安は大きい。
しかし姫様は視線を逸らさずにじっと俺を見てくるので根負けした。姫様を何故か止めないタンゾウに一瞥したのだがどうにも反応は無い。
ソウシンもそのイケメン顔をだらしなくさせて早く食べたそうな顔をするものだから、しょうがなく焼いている。
「はい、焼けました。どうぞ。追加でどんどんと焼きますのでゆっくりと味わって食べてください。」
俺は最初に焼けたイカを姫様へと提供する。庭は今香ばしい香りが漂っている。
タンゾウが側にいて、しかし得体のしれない食べ物を食べたいと我が儘を言う姫様を止めないのは、きっと止めるのが無理だと経験上知っているからなのかもしれない。
廊下の角に人影が見えるので、どうやら医者を呼んで待機させているようだ。姫様に万が一があった時に即時対応ができるようにだろう。
そんなモノを用意する手際が良いのであれば、姫様を止める説得の一言や二言出てきてもよさそうなものなのだが。
「うむむむむむぅぅぅう~!」
姫様が突然イカを咀嚼している途中で唸る。最初は様子見の様にゆっくりと噛んでいたのだが、ここにきて噛む速さが上がる。
「姫様!大丈夫ですか!早く吐き出させないと!」
タンゾウはこの唸りに姫様に何かあったのかと少々慌てるのだが、次の言葉で硬直する。
「うまいのじゃあぁぁぁぁあ!ワラワはこれほどの美味いものを食べた事が無い!コレは何の肉じゃ!?一体全体この様な美味いものが世にあったとは!今までこれを知らなかったとは、この歳まで損をしておったようなものじゃ!」
そう言いきって鼻から「ムフ~」と荒い息を噴出させる姫様。どうやら味がお気に召した様である。
追加で焼き終えたモノを今度はソウシンへと渡す。するとソウシンはソレを口に含むとゆっくりと噛み締め始める。その顔は心底伸びてだらしない程だ。イケメンが台無しであるくらいに。
ツバキも俺と一緒に焼くのを手伝ってくれている。のではなく、自分の食べる分をちゃっかり焼いている。
焼けたイカを熱々で早速口へと運ぶツバキも若干だがその凛々しい顔が崩れていた。
この出来事にタンゾウもその冷静さを少々崩してしまう。
「私にも一切れ・・・いや、すまない。忘れてくれ。」
これだけ皆が「美味い」と顔を崩すので、どうやら自分の役目を忘れかけてしまったらしい。しかしキリリと顔を引き締め直している。でも俺は容赦なく巻き込んだ。どうせもう今魔法カバンの中にある分だけしか味わえないのだ。ならば被害者を増やしてしまえと。
姫様を止めなかった罰だと思ってもらうつもりで。
焼けたものをタンゾウへと渡す。コレに眉を顰めて手を出そうとしないタンゾウ。だが一向に引かない俺に負けてとうとう彼もイカを口に入れた。




