1025 ドンダケ急ぎたいんだよ
村を出る前にどうやらソウシンは他の村人に事情を話していたらしく、見送りをしに来た人が数人いた。
「また、いつか顔を出しに来ておくれ。」
「お前さんの作った野菜が評判良いんだ。俺たちソウシンの作った野菜よりもっと良いモン作ってやろうって気合入ってるんだぜ?」
「あんたの野菜を食ってウチの爺ちゃん元気になっちまってさ。昔より仕事に動いてるくらいだよ今は。」
「お気をつけくだされよ。この村の皆はあんたを心配しちょる。達者でな。」
どうやらソウシンはこの村の住人としてしっかりと根付いて生活ができていたようだ。
見送りの人たちに一つ強く頷くだけでソウシンは別れの言葉を口にせずに背中を向けた。
こうしてモノノフへと向かう街道に入ってようやっと村を振り返り立ち止まってソウシンが言葉を発する。
「ここは私の第二の故郷だ。必ず帰って来るとしよう。そうだな、その時には新しく改良されたこの村の野菜をヒノモト中に広げられないか考えるのが面白いかもな。」
そう言ってフッと笑った後に再び歩き出す。
そこからは早い。いや、早過ぎると言ってもいい。その歩く速さは競歩を超える。走ってはいないのにこの速度である。
大股で、しかも脚の回転数が恐ろしい位に早い。ぐんぐんと街道を行き、村はすぐに見えなくなってしまう。
ヤル気がマンマン、と言った感じではあるが、コレは恐らく竜の肉の効果で力が漲っているのだろうと推測される。
朝食に出したイカをバクバクと食べていたソウシンだ。かなり力が有り余っていると見える。
この速さにツバキも置いて行かれない様にと必死になっているが、少々難しい顔になっていた。
ツバキも一緒に朝食を摂っていて同じものを食しているハズなのだが、どうやら効果の出方には個人差があると言った所だろうか。
こんな速度で歩けばまあ人目に付く。同じく街道を行く他の旅人たちに。
しかしそんな事はお構いなしで歩く訳で、今日進む予定の距離の倍以上を稼いでしまった。
そう、これで日程を一日分早上がりと言う事だ。今日一日でこれだけ進んだら明日にはモノノフに到着と言っていいだろう。夕方かあるいは夜半には到着してしまう。
しかしその代わりにツバキはどうやら疲労が溜まってしまったらしい。疲れた顔になっていた。
「ツバキ大丈夫か?もう少しで旅宿に着くぞ。ガンバレ。」
俺はそう声を掛けた。余りの歩くペースの速さにここまで会話は一切無い。
ソレは話しながら歩くとかなりの体力を奪われると判断したから。ツバキが、である。
寧ろ走っていると言っても良い位の速度が出ているのだからそれもしょうがない。
マラソン選手が走りながら会話なんてするだろうか?余計な苦しみが増すと言うものだそんなマネは。
ソウシンは別に涼しい顔だったが、しかしツバキは後半になればなる程に必死な形相に変わっていたし汗びっしょりにもなっていた。
ソウシンは歩いている、と言った感じだが、ツバキはと言えばソレに追いつくような速度を出すためにほぼ走りっぱなしと言って良い状態だった。
俺はと言えばこの身体の怪物っぷりはもう既に分かっていたので疲れは無い。
ソウシンはツバキを慮る事も心配の声も掛けずにひたすら黙々と歩き続けていた。
「どうしてサイトウ殿は・・・いや、何でもありません。」
ようやっと宿に到着し速度を落としたソウシン。こうしてやっとツバキも呼吸を整えようと大きく息を吸って額の汗を拭った。




