100 理外の理
鹿だった。まぎれもなくそれは鹿だったが、大きさが違った。
グルードスよりも一回り半ほどデカい。頭には二本の角、それも鋭利な刃物のような美しいそれは鉄色をしている。
セレナはそれを避けるタイミングを見極めようとじっと正面の魔獣を見据えていた。
「バスターホーンだ!森に逃げ込め!絶対に正面に立つな!」
かなりの速さでこちらに走ってくるそれは、角を前面に突き出してそのままこちらを串刺しにでもしようと思っているのか速度を緩めない。
「めんどい。ハー、この調子じゃまともに先に進まないな。」
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角が俺に刺さる手前で加速した。鹿の頭は角を正面に構えているので、その横に回り込んで下がっている首にチョップした。おもっくそ軽く、力を入れずにだ。
力のコントロールが上手くいって無い場合、またしてもスプラッタを発生させてしまう恐れがあるので加速状態で攻撃するときは「加減」は「極小」にしていく方針だ。
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ドーン!と何かが凄い威力で衝突を起こしたような音と衝撃が辺りに響く。
それはバスターホーンが地面にめり込んだために起こったものだ。それは完全に息絶えている。
(力を込めていないのにこの結果は何なんだろう?ほんの掠める程度触れただけでこれかぁ・・・)
一向に制御ができていない事にがっくりしてしまう。
そんなうなだれている俺に恐る恐るといった質問が飛んできた。
「あ、主様?今のは一体何を・・・」
「あー、気にしないで先に進もう。あんまりここで突っ立ってても、また何かと出くわしちゃうかもしれないし。」
「そ、そうですね。急いでここを離れましょう。」
全員がまたも納得いっていないような微妙な表情をしつつも再び歩き出す。
ちなみに歩き出す前、剥ぎ取りの事をまた聞かれたが、そこはパープルイーターの時と同様の理由で却下した。
バスターホーンの剥ぎ取りで一番に上がるのはやはりその角らしく、それは熟練の砥ぎ師が磨けば、下手な剣よりもよほど切れ味の高い物になるらしい。そのまま名刀と呼ばれる最上級物もあるらしかった。
だがそんな立派なモノはやはり狩るのが危険で返り討ちに串刺しにされるのがオチだそうだ。
今回のは相当大物だったみたいでまたエルフたちは「もったいない」としばらく微妙な顔をしていた。
それも収まると今度はひそひそと話声が彼女たちからし始める。俺はそれに聞こえないふりをしながらも聞き耳を立てる。
「主様はどのような魔法を?」「今のは重力?空間?どちらかしら?」「どちらも伝説級よそれ。まさか。」「目の前に「結果」だけが現れる。それに至る「過程」が解らない。」「主様のお強さは理外の理。我らの理解が及ばぬモノなのだろう。」
彼女たちも俺が魔法を使ったと勘違いしているみたいだが、それを修正も否定もしないでおく。
俺の「力」をどう説明していいかわからないし、俺自身がそれをそもそも解明できていない。
その事を話さないでいても何ら支障は無い。この事はこれからも放置だ。
旅、そしてファンタジー、街道での遭遇。それは付き物なのだろうか?
しばらく先に進んだかと思えば、そこにまたしても邪魔者が立ち塞がってきた。




