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17 シルヴェリアの塔

 絵を描きながらも時々話を振って来るアンネリエの雑談に付き合いながら、シオリはもらった絵を丁寧に畳んで手帳に挟むと、大切にポーチの中に仕舞い込んだ。時々取り出して眺めよう、そう思いながら薄く微笑む。

 そろそろ起床時間だ。アンネリエに一声掛けてから立ち上がり、ぬるま湯を満たした洗面器を用意する。それから棒付きパンを竈で炙り始めた。

 そのうちにアレクとクレメンスが起き出して来る。ぬるま湯入りの洗面器を手に、洗顔や身支度を済ませていく。

 デニスは天幕から顔を出し、既に身支度を終えて「一仕事」していたアンネリエを見て目を丸くしたが、すぐに中に引っ込んでしまった。ややあってから「いてっ」とか「早く起きろっ」とかいう押し問答と激しい衣擦れの音が聞こえてくる。中で何が起きているのかを察して、シオリはアンネリエと顔を見合わせて笑った。

 そうしている間にも、棒付きパンの焼ける良い香りが辺りに満ちていく。ポタージュを温めてカップに入れ、皿に焼き上がった棒付きパンを乗せ、林檎のコンポートを添える。

 全ての皿を配膳し終える頃には皆食卓に付いていた。一番最後に席に付いたバルトにデニスがじっとりとした視線を向けているが、バルトはどこ吹く風で朝食に熱い視線を注いでいる。

(食欲があるようで何より)

 くすりと笑ってから、どうぞと勧めると、食前の挨拶とともにかちゃかちゃとカトラリーを手に取る音が響いた。

「トマトソースとマスタードソースはお好みで付けてくださいね」

 食卓の中央に置いた瓶詰を指し示すと、それぞれが好みで皿に取って行く。

 ソースの付け方でも好みが分かって面白い。アレクはトマトソース、クレメンスはマスタードソース、ナディアは両方とも付けて食べるのが好きらしい。自分はトマトソース多めで、マスタードはほんの少し。

 アンネリエはトマトソース、デニスとバルトはマスタードをたっぷり付けて食べている。

(アレクは甘い味付けが好きなのかなぁ……)

 出したものはなんでも食べる人だけれど、甘辛いソースといい、バニラアイスといい、選ばせると意外に甘めの味付けのものを手に取ることが多い気がした。このトマトソースにしても、保存の為に甘さを強めにして作ったものだ。

(今度訊いてみようかな)

 齧るとぷつっと小気味よい音を立てて皮が弾けるソーセージをもくもくと咀嚼しながらそんなことを考え、そして「食べきれないかも」と言ってアンネリエが三分の一ほど残した棒付きパンをバルトがありがたく頂戴して、デニスに引き攣った顔で睨まれているのを見て笑う。

「そういえば、ルリィは今日も食事は要らないのか?」

 棒付きパンを食べ切ってから南瓜のポタージュに手を伸ばしたアレクが、ふと思い出したように言う。

「……まだお腹いっぱいらしくて、水だけでいいって」

 周辺を巡回しながら時折雪の塊を掬って体内に取り込んでいるルリィを眺めつつ言うと、アレクは何とも言えない表情を浮かべてから苦笑いした。

「まぁ、あの巨体を平らげたわけだからな……」

「そうだね……」

 それぞれが他愛のない雑談を交わしながら朝食を終える。

「ああ、美味かった。ご馳走様でした」

 南瓜のポタージュが気に入ったのか、二度もおかわりをしたバルトが腹を擦った。

「……お前、少しは遠慮したらどうだ」

「いやぁ、食えるうちに腹に入れておかないと命の危険を感じるというか」

「そんな大袈裟な……」

「本能的なものかもしれないな。容易に食料が手に入る場所ではないから、食えるうちに食っておけと身体が求めているのかもしれん」

 やはり二人よりは体格が良いからだろうか、旺盛な食欲を見せていたバルトがデニスに呆れ交じりの忠告を受け、アレクがそれをフォローするような言葉を掛けた。

「昨日の携帯食、私は半分残っているから貴方にあげるわ」

「あ、本当ですか? ありがたく頂きます! 良かった、昨日の分は途中で食べ切ってて、予備分に手を付けるかどうか悩んでたんですよ」

 まだ一日しか経っていないからまだ何とも言えないところではあるけれど、携帯食の適量はアンネリエは基本よりも少なめ、デニスは標準量、バルトは多めがいいのかもしれない。

 食事を終え、三人が携帯食の整理と荷造りをしている間に、シオリは後片付け、アレク達は野営地の解体を始めた。冒険者の野営地にしては大掛かりなものだったが皆手馴れたもので、三十分足らずで解体と荷造りを終える。最後にシオリは、作った調理場や食卓などを、全て元通りの平らな石畳に戻していった。

「さて……では出発するか。何も無ければ一時間ほどで塔に着くはずだ。頂上への到達が最終目的、夜は塔で宿泊――ということで間違いはないな?」

「ええ。できれば創作の参考に内部の探検もしたいけれど……難しいかしら」

「難しいかどうかは状況にもよるな。どのみち塔の構造上、中を歩くなら探検に近いような形にはなるが」

 帝国占領時代に貴族の成人儀式に使われていたという塔は、内部が迷宮のような構造になっているらしい。一応組合(ギルド)に提出されている報告書に添付されていた地図を借りて来てはいるが、どちらにしても中をくまなく歩きまわることになるだろう。

「まぁ、そうね……なら、内部を歩きつつ、どうしても危険になったら回避する方向でお願い」

「了解した」

「いざとなったら脱出口や外階段を作りますから」

 言い添えれば、皆頷いた。少々乱暴なやり方ではあるけれども、あまりにも危険なら土魔法で塔に干渉して避難口でも作れば良い。罠の緊急回避や、密室、閉鎖空間からの脱出は何度かやったことがある。

「便利ですねぇ……ナディア殿も出来るんですか?」

「残念だけど、あたしがやっても塔が崩れるか良くても大きな風穴開けておしまいだよ。あんまり細かい魔法は使えなくてね。シオリくらいなんだよ、ああいう精密な魔法が使えるのはさ」

「それで助けられたことも何度かあったからな」

「へええ……」

「それなら安心ね。じゃあ、もしもの時にはお願いするわ」

「はい」

 話が纏まったところで出発した。ナディアが魔法で通路を作り、塔に向かって歩き出す。隊列は昨日と同じ。自分とアレクは最後尾。横をルリィがぽよぽよと歩く。

「……お前、そういう実績もあったんだな」

 隣を歩くアレクがぼそりと言った。

「え?」

「魔法を使った緊急脱出」

「ああ……うん」

「どうしても家政婦という側面ばかりが目立っているようだが――戦闘でも探索でも、お前は十分に冒険者としての役割を果たしているじゃないか」

「……アレク」

 彼の言葉にじわりと胸が温かくなった。

(本当にこの人は――)

 そばにいてくれるだけではなく、欲しい言葉をくれる。自分というものを認めてくれる。否、認めてくれて言葉を掛けてくれた人は今までにも沢山いた気がする。それを素直に受け取ることが出来なかったのは――自分の心の問題だったのだろう。

 前を向いて歩くには、もっと自分自身を認めてあげなければいけないかもしれない。それはとても難しいことだけれども、ずっと寄り添ってくれる人がそばにいるから、いつかはきっと。

「ありがと、アレク。貴方がいてくれるから、私は――」

 伸ばされた手が、一瞬だけ抱き寄せるように動いた。それから優しく肩を何度か叩き、そして離れて行った。



 野営地から塔までは幸い魔獣の襲撃もなく、一時間もしないうちに到着した。

 大陸の古い言葉で「白銀」を意味するシルヴェリア。その名を関するシルヴェリアの塔を、誰からともなく見上げた。雪の中で一際白く輝く美しい塔だ。

 もっとも、その内部まで美しいと言えるかどうかは分からないのだが。

「――いる、な」

「ああ」

 迷宮のような内部構造をしているだけに、塔はそれなりの大きさだ。その塔を見上げながら仲間達は難しい顔をする。

 魔獣らしき気配。やはり、内部は彼らの棲み処となっているらしい。

 それに。

「どうだ、シオリ」

「うん、多分三人……人がいるね」

 訊かれてシオリは眉尻を下げた。探索魔法を塔全域に広げて探ってみたが、魔獣らしい気配の中に、人のものと思しき気配が三つ紛れている。

「多分中層階……かそれより少し上あたり、なのかな」

「――例の、三人組の冒険者か?」

「恐らくは……」

 デニスに訊かれて頷くと、三人は不安げに顔を見合わせた。しばしの沈黙が下りる。悩んでいるらしい。魔獣はともかく、人間同士でやり合うことになるかもしれないことが気がかりなのだろう。もし本当に三つの気配が例の冒険者ならば、前情報だけでも厄介な揉め事を引き起こす可能性は十分に予想できるからだ。

 ただこちらとしては、状況によっては要救助対象として回収する必要もあることを考えれば面倒ではあっても様子を見ておきたいという気持ちもある。

「どうする? 外階段で一気に頂上まで行くか?」

 依頼人だけ目的地まで先に運び、仲間の誰かが問題の三人組の様子を見に行くという手もある。

 アンネリエは塔を見上げた。まだ返事は無い。相当悩んでいるらしい。

「――アンネリエ様。ようやく願いが叶ってここまで来れたのですから、中を歩いて上を目指しましょう。この方々がいれば滅多なことにはならないでしょうから」

 悩む彼女に助け舟を出したのは、意外にもデニスだった。

「そう何度も来られるわけではないのですから、この機会に見たい場所は全て見てしまいましょう」

「デニス……」

 少しでも危険があれば何としても回避する性格かとも思っていたが、そうでもないのかもしれない。あるいは、この旅で何か気持ちに変化でもあったのか。

 彼に背中を押されて、アンネリエも決心がついたようだ。

「ええ、なら、中を見て行きたいわ。本当に危険なことになったら私の許可は得なくてもいいから、そちらの判断で脱出口でもなんでも作ってちょうだい。そのあたりは全てお任せするから、中を歩いてみたい」

「ああ、わかった。では探索中は気になるものがあっても触らないように気を付けてくれ。罠があるという報告は今のところ聞かないが、脆くなっている場所があったり、魔獣が景色に擬態している可能性もあるからな。あとは大きい声を出すことも可能な限り避けてくれ」

 温かい季節に探索した者は多いが、冬に塔まで来たという記録は少なくともトリス支部には無かった。故に、内部に棲む魔獣が夏期と同様なのか、それとも冬期には入れ替わるのかも分かっていない。

 つまりは、何がいるのか分からないということだ。

 最大限の警戒をしなければならない。

 アンネリエ達は真剣な顔で頷いた。

「よし――では行こうか」

ようやく塔に来ました。


ルリィ「探検~発見~♪」

……前回はいくらなんでも古すぎたようだ。



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― 新着の感想 ―
ぼっくーのまっちー!
[良い点] 読みやすく面白いです。 がんばって追い付かねば! [一言] びっくりしよ〜よ、あららのら♪ これで合ってますか、ルリィさん!
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