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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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15 野営地の夜

ちょっと間が空いてしまいました。

 じゅうじゅうと肉の焼ける良い匂いが周囲を満たしていくと、既に食卓に着いているバルトがそわそわし始めた。隣のアンネリエは、何やら熱心にスケッチブックに描き込んでいる。何を描いているのかは気になるところではあるが、今一番気になる……というより気が散って仕方がない両脇の存在に、シオリはそっと溜息を吐いた。

 左隣ではデニスが手帳を片手にこちらの作業をじっと眺め、右隣ではアレクが眉間に皺を寄せてぴったりと張り付いている。

 デニスは単に参考になりそうな事は全て書き留めておきたいと思っているだけらしいが、アレクはというと、またデニスが余計な事を言ってシオリを泣かせるのではないかと警戒しているようだ。デニスが何か言葉を発するたびに、探るような視線を彼に投げかけている。

(……ますますやり辛くなった……)

 アレクが自分を気遣ってくれているのは知っているし、デニスに悪気は無いのももうわかっている。だからさすがに口に出すことはしなかったけれども、両脇に男が二人べったりと張り付いているこの状況は、気が散る上に作業し辛い。

 アレクの代わりに見張りを務めているルリィが、調理場付近まで巡回したついでにシオリの背中をぺたぺたと叩いて行った。その仕草と纏う雰囲気がまるで揶揄っているようで、微妙な気分になってしまった。

「ああいうの何処で覚えたんだろう……」

 同僚の誰かがしているのを見て覚えたのだろうけれど。

「ん、なんだって?」

 デニスを視線で威嚇していたアレクが訊き返す。

「ルリィの仕草……最近変な事まで覚えてくるなって」

「ああ……面白がって教えてる奴もいるからな。そのせいだろう。この間はリヌスが何か仕込んでいたようだが」

「うわぁ」

 根は真面目で仕事にもそつの無いリヌスだけれども、立ち振る舞いは少し軽薄そうに見える彼。大丈夫だろうかと少し心配になる。

「まぁ、ルリィなりに覚えていいものと悪いものの分別はしているようだから心配するな。使い魔は基本的には主に似た性質になるらしいからな。あいつはお前に似て礼儀正しい。下品で無礼な事は覚えたりはしないさ」

「そっか……」

 なら、いいのだけれど。

「……それなら、陛下のスライムは聡明で優しくて、でも厳しいところもあるスライムになるのかな?」

 アンネリエ達が話していた話題を思い出して話を振る。この国の王は穏やかにして苛烈なる王、賢王としても名高いという。その彼のスライムなら、きっと立派な使い魔になるのだろう。

 すると何故かアレクの肩が跳ね上がり、それからなんとも言えない微妙な表情になった。

「あ、あー……そうだな……まぁ、少しばかり卑猥な事も覚えるかもしれんが」

「?」

 同意した後にぼそりと付け加えられた言葉はよく聞こえなかった。

 そうこうしているうちに肉が焼き上がった。串に刺して炙っていたバゲットも良い頃合いだ。木皿に生姜焼きとバゲット、それから緑黄色野菜のピクルスを彩りよく盛り付け、カップにはデニスが太鼓判を押した北方風のスープを注ぐ。

「手伝おう」

「うん、ありがとう」

 食卓への配膳はアレクが手伝ってくれた。

「俺も手伝う。これを運べば良いのだな?」

「え……」

 何か書き付けていた手帳を懐にしまい込むと、デニスもまたこちらに手を差し出して来る。盛り付けの済んだ皿を寄越せということらしい。気持ちはありがたいのだけれども。

「……依頼人殿に仕事をさせるわけにはいかないからな。向こうで座っているといい」

 躊躇っていると、アレクが助け舟を出してくれた。もっとも助け舟というよりは、厄介払いのようなものに近かったのだが。アレクの口元は笑みの形を作ってはいるものの、目は全く笑っていない。

 デニスは一瞬困ったような表情を作ったが、素直に引き下がってくれた。まだスケッチに夢中になっているアンネリエの横に腰を下ろす。

「……ありゃ、警戒してるだけじゃなくて嫉妬みたいなもんもあるかもしれないねぇ」

「嫉妬?」

 夕食が出来たことを察して近寄って来たナディアが、どこか愉快そうに耳打ちした。

「だってデニス(あいつ)、ずっとあんたにべったりだったじゃないか。他意が無いのはもうわかったけどねぇ、アレクにしちゃ面白くないんじゃないのかい? よその男が自分の女に張り付いてるんだからね」

「う……」

 自分の女。そんな風に形容されて急に気恥ずかしくなってしまった。顔に熱が集まるのがわかって若干俯きながら配膳していると、ナディアと共に食卓についたクレメンスが微かに眉を顰めた。

「――シオリ。熱があるのでは? 顔が赤い」

 その言葉にアレクが反応する。伸ばされた手が額に触れ、クレメンスと同じようにその眉が顰められる。何か誤解されてしまったらしい。

「あ、火のそばで作業してたからだよ。大丈夫、熱じゃないから」

 慌てて否定すると、ナディアが笑い声を立てた。

「ちょいと今揶揄ってやったのさ。そのせいだと思うよ。安心しな」

 途端にアレクとクレメンスが微妙な表情を作り、それからナディアをじっとりと睨み付けた。一連の流れを眺めていたアンネリエとバルトがにやにやと含み笑いする。

「――いやぁ、なんというか、大事にされてるんですねぇ」

「そうねぇ、微笑ましいわねぇ」

「……アンネリエ様、バルト」

 揶揄する女主人と同僚をデニスが窘める。

(……は、恥ずか死ぬ……)

 どうもこの依頼を受けてから、こんな事ばかり続いているような気がする。益々顔を赤らめながら配膳を終えると、アレクもまた席についた。

 ルリィはやはり満腹らしく、このまま見張りを続けるつもりのようだった。気にせず食事して、と言うように触手をひらひら振っている。それに手を振り返してから、自分も食卓についた。当たり前のようにアレクの横の席が空けられていた事については気にしないことにした。

「――では、どうぞ。召し上がってください。今夜の献立は、豚の生姜焼きに北方風スープ、香草バターのバゲットです。スープはおかわりもありますので」

 シオリの言葉を合図にそれぞれが食前の挨拶をし、カトラリーを手に取った。

 自分はスープを啜りつつ、皆の様子を眺める。こうして見ていると、食べる順番に癖のようなものがあって面白い。

 アレクは大抵はメインディッシュから手を付ける。酒があればそれを一口飲んでから。スープは最後にじっくり飲むのが好みらしい。もくもくと生姜焼きを咀嚼しながら幸せそうに顔を緩ませる彼が可愛く思えてシオリは微笑んだ。

 ナディアとクレメンスはまずスープを飲み終えてから、添え物やメインに手を付ける場合が多い。主食がパンか米かで多少順番は変わるようだ。

 伯爵家の三人はというと、物珍しそうに一通り皿を眺めてから、まずはスープに口を付けた。アンネリエとデニスは上品に、バルトはやや豪快に。味を確かめるように口に含んでから飲み下すと、ほう、と誰からともなく溜息を吐く。

「――なんだか懐かしい味だわ」

「この味……」

 アンネリエとバルトがぽつりとそれぞれに言葉を落とし、もう一口。

「デニスのお袋さんのと味が似てる」

「……ああ、そうね、そうだわ。あのひとの味……」

 二人の言葉にデニスはこくりと頷き、それから僅かに目を細めた。

「……そんなに似てますか?」

「ええ、そうね。この味……食べる人の事を思いやって作られた、優しい味だわ」

「料理本通りに作られたものや、そこらの料理屋で万人向けに作ったようなものとは違いますね、これは」

「――俺の母も、そうやって料理を作る人だった。食べる人の事を思い、心を込めて作った料理は必ず温かい味になる、と」

 最後に言葉を落としたデニスの言葉は優しかった。自分の母親も同じような事を言っていた。だからかもしれない。会ったことも無い彼の母親の味と似ているのは。

 アレクの手がシオリの背に添えられた。隣を見上げると、こちらを見下ろしていた紫紺色の瞳が優しく細められた。

「胸を張れ。お前が今までしてきた事が認められたんだ。お前の積み重ねて来た歴史も、な」

 そっと囁かれた言葉が胸に染み渡っていく。温かい。

 ――あの世界での想い出を肯定して良いのだ。

「――ありがとうございます。恐縮です」

 食卓に柔らかい空気が満ちる。

「あ、俺おかわり」

「私も頂いていいかしら」

「……俺も」

 アンネリエ達が飲み干したカップを次々と差し出して来る。再び緩みそうになった涙腺をどうにか抑え込みながら、シオリは笑った。

「はい。沢山食べてくださいね!」

 ――雪の中の野営地で囲む食卓は、温かかった。


 多めに作っておいたスープはすっかり空になった。豚の生姜焼きも好評で、いつかのアレクと同じように皿の底に残ったタレをどことなく未練ありげに眺めていた三人も、アレクやクレメンスがバゲットに付けて食べているのを見て顔を見合わせ、悪戯っぽく笑ってから真似することに決めたようだった。旅の最中はマナーには目を瞑ることにしたのだろう。綺麗にタレをこそげ取って綺麗に食べきってしまった彼女達は、ひどく満足そうだ。

 疲れ切った後で風呂と食事に心身共に満たされて気が緩んだのか、アンネリエがうとうとし始めた。デニスやバルトは何でもないような風を装ってはいるけれど、しょぼしょぼとした目が眠気を隠しきれてはいない。

「いつもはこんな時間に眠くなったりはしないのだけれど……」

 アレクが懐から取り出した懐中時計は午後七時を回ったばかりを示している。

「お疲れになったんだと思います。どうぞお休みください」

「そうさせてもらうわ。おやすみなさい」

 二人の従者に支えられるようにして、アンネリエはふらふらと天幕の中に入って行った。入り口の垂れ幕が下ろされ、微かな衣擦れの音と話し声がしてから、魔法灯の灯りが消えた。

「……大分疲れたみたいだねぇ」

「三人とも随分頑張ったようだからな。泣き言ひとつ漏らさないのは大したものだ」

「……あの男は気に入らんがな」

「アレク……」

 声を潜めた短い雑談を終え、風呂と見張りの順番を決める。風呂と仮眠は女性から、見張りは二人ずつ三時間交代でということに決まった。ルリィはいつも通り適当な時間に寝て、朝は朝食の支度をする為に早起きするシオリと共に起きるつもりのようだ。

「それにしても……」

 アレクは眉間に皺を寄せてシルヴェリアの塔がある方向に視線を向けた。夜、しかも小雪の舞う中では塔の姿を確認することは出来ないが、近い場所にあることは確かだ。ここからの距離はおよそ五百メテル。ナディアの魔法で道を作れば、雪道でも一時間はかからず到着するだろう。

「先行したとかいう三人組のパーティは、今のところ姿も見えないな」

「死んでなければ塔に向かって、今も塔にいるってことなんだろうけどねぇ」

 準備不足を疑われる状態で騎士隊を振り切って行ったということ、そして展望台を荒らした痕跡――この二つだけでも十分に質の悪い冒険者だと予想できる。

「食料狙って襲ってくるってことは……あるかな?」

「可能性はあると思っておいた方がいいかもしれん。そんな野蛮な冒険者がいるとは考えたくもないがな」

「できる限り接触は避けたいところではあるな」

 懸念していた事を口にすると、仲間達の視線が二つの天幕に向けられた。寝室と荷物置き場を兼ねている天幕だ。

「なんにせよ、警戒は最大限に」

「了解」

 それぞれが風呂を済ませてから、シオリは出された汚れ物を手早く洗濯して水気を飛ばす。夏とは違って泥汚れのような面倒なものはなく、手間のかかる洗い物は無い。そして予想はしていたが、やはり下着類は各自で洗うか持ち帰ってからにするかにしたようで、シャツやパンツなどしか出されていなかった。

 多少面倒なものと言えば雪熊の返り血の付いたアレクとクレメンスの外套のみだけれど、こちらは汚れた部分だけ部分洗いをしてからさっと乾燥させるだけで済んだ。

「どうぞ」

「お、ありがとう」

 目立つ汚れが無くなって嬉しそうに目を細めた二人は、早速洗ったばかりの外套に腕を通す。空調魔法を効かせてはいるが、いざという時に結界の外に出る事を思えば、着ておいた方が良い。

「仕事が終わったんならもう休め。時間になったら起こす」

「うん、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 クレメンスが持ち場に戻る為に背を向けたその瞬間、アレクの唇がシオリのそれをさっとかすめて行った。

「……っ!」

 アレクはにやりと笑うとひらひらと手を振って持ち場に戻って行った。

 誰が見ているわけでもないのだけれども、火照った顔を隠すようにしながらシオリはそそくさと天幕に入った。

 ナディアは既に就寝しているらしく、微かな寝息を立てている。ルリィも天幕の端の方で広がって眠りこけていた。その隣に横になると、頭から毛布を被る。

(仕事中はいちゃつかないだろうって兄さんも言ってくれてたけど……)

 宿でのことといい、さっきのことといい、これから先も人目を盗んでああいう悪戯を仕掛けてくるかもしれない。

「油断しないでおこう……」

 呟きながら、唇に手を触れる。

 ――それでも嬉しいと思ってしまうのだから、結構重症かもしれない。

ルリィ「かすめたくらいで補給できるのかという疑問」

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