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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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11 アンネリエの悪癖

「あいつのポーチには愛情がたっぷり詰まってるってわけだね」

 アレクの過保護ぶりにくらくらしているところへもってご丁寧にもナディアが止めを刺してくれて、すっかり身体の芯まで熱くなってしまったシオリは、外套を脱いで内にこもった熱気を飛ばしながら続きの作業を行った。

 野営地の設営が終わる頃には大分辺りは薄暗くなっていた。午後四時前という夕方にしてはやや早い時間だけれど、地図で見る限り緯度の高い国とあってか日暮れの時間は驚くほど早い。

 野営地には魔法灯が灯され、浴室にも灯りが入れられる。

「……そういえば、アンネリエ様は入浴のお手伝いは必要ですか?」

 デニスに伯爵家用に用意した新品の入浴道具一式を手渡すと、それらを検品でもするようにじっくりと眺めながら首を振った。

「あの方は基本的には何でも一人でこなされる。旅先でも同様だ」

 旅支度はさすがに侍女や従者がやるらしいが、身支度や入浴などの身の回りのことはほとんど自分でやるという。大事にされている割には付き人が少ないと思ったのはそういうことかとシオリは一人で納得した。

「そうでしたか。お二人はどうなさいます? 一人ずつ入られる場合は、お声掛け頂ければお湯を入れ替えますから」

「……いや、そこまでの気遣いは無用だ。夏の野外活動でも水場があれば一緒に水浴びするからな。さすがにアンネリエ様にはさせられないが」

 させられない、ということはやりたがって止められでもしたのだろうか。野外の水浴びに参加しようとしてデニスに全力で止められるアンネリエを想像してしまい、あり得ない話ではないとうっかり笑いそうになってしまった。

 貴族というともっと神経質かと思っていたけれど、考えてみれば野宿経験もあるのだからその位は気にしない質なのかもしれない。そもそも、そうでなければ幾ら目的があるとは言え、こんな季節に野宿が必要になるような旅に大荷物を担いでまで出ようとも思わないだろう。

「貴女達はお風呂はどうするの?」

 どこか楽しげにいそいそと着替えと化粧道具を取り出して来たアンネリエが口を挟んだ。

「私達は食後に頂きます。皆様の入浴中は他の三人は見張り、私は食事の支度をしておりますので」

「――そういうことなら……食事は遅くなっても構わないから一緒に入らない?」

「……えっ!?」

「アンネリエ様!」

 とんでもない提案にシオリは目を見開き、デニスはぎょっと目を剥いた。

「さすがに依頼人様――貴族の方とご一緒させて頂くのはあまりにも恐れ多く……」

 それに幾ら同性とはいえ、庶民の自分が貴族のご婦人、それも未婚の女性の裸体を見てしまっていいものだろうかという躊躇いもある。何か問題が生じないだろうか。今後の為に様々な分野の知識を学んで来たとはいえ、さすがに貴族家の細かい作法や決まり事まではよく分からない。

「アンネリエ様。それを聞き入れる事は出来ません。侍女ならまだしも、外部の者に素肌を晒すなど」

「私は構わないからお誘いしているの。一緒に入った方が後々面倒も無いでしょう? 勿論ナディアさんも一緒よ。貴女方が十分にお強いのは分かったから、見張りは他のお二人だけでも大丈夫なのではないかしら。それほど長湯はしないわ」

 デニスが制止するが、聞き入れる様子は無かった。聞き分けの良い部類だったアンネリエにしては随分と食い下がる。既に見張りの体制に入っていたアレク達が騒ぎに気付いて駆け寄って来た。

「どうした。何か問題でも?」

「アンネリエ様が……」

「シオリさんとナディアさんもお風呂を一緒にどうかしらと思って。一緒に済ませてしまった方が楽でしょう? それに、――」

「アンネリエ様!」

 何かを言い掛けたアンネリエの口を慌ててデニスが塞いだ。二人の言い争いをどちらかと言えば楽しげに眺めているだけのバルトも、今回はどういうわけか参戦してくる。やはり貴族家の女性が他人に裸体を晒すのは問題があるのだろう。

「ご婦人方も困っていらっしゃいますよ。我儘はお止め下さい」

「むぅ、でも、とても素晴らしいモデ、むぐっ」

 再び言い掛けた言葉を遮られたアンネリエがデニスの腕の中でもがく。

 アレクとクレメンスはどう口を挟んだものか悩む様子だ。

「――あの、お誘いは嬉しいのですが、」

 この後に続ける言葉を口にすべきかどうか悩んだけれど、何故か一緒の入浴に固執しているらしいアンネリエを止めるにはこれ(・・)が一番聞き入れてもらえそうだと思った。常識だとか人の気持ちには聡い様子の彼女には、多分効くだろう。

「身体に仕事で付いた傷が有るんです。見て気持ちの良いものではありませんし、多分ご気分を悪くされると思いますから――どうかお聞き入れください」

 出来るだけ重く聞こえないように言ったが、誰かが微かに息を飲む気配があった。

 今まで口にすることも、なるべく考えないようにもしていた両腕と両脚の傷痕。食事の支度や洗濯などを言い訳にして、仲間との入浴も避けて来た本当の理由だ。

 傷痕は前世の罪の証、忌み嫌われ排除される対象だと教えられた知識。それが既に廃れて久しい古い考えだという事はもう今は分かっている。けれども誤った知識と同時に深く執拗に植え付けられた恐怖心はなかなか拭い去る事が出来なかった。

 それでも向き合ってみようと思えるようになったのは、多分――。

 そっと肩に大きな手が置かれた。振り返らなくても誰の手かは分かる。その手が労わるように肩をさすった。

(アレクのおかげだよ)

 アレクと出会ってからそう多くの時を過ごしたわけではないけれども、沢山寄り添って、向き合って、触れて、温かい言葉もくれた。見捨てないと言ってくれた。だから、立ち止まることをやめて、過去を消化して、そして前を向いて生きたいとようやく思えるようになった。

「あたしもね、ほとんど見えないけど背中に傷があるんだよ。それでも見慣れない人にはちょっと刺激が強いと思うからね」

 ナディアが助け舟を出してくれた。

 そうだ。確かに薄くはなっているけれど、温かい季節には惜しげもなく晒されている彼女の肌には確かに傷痕があった。槍使いのマレナの腕にも何かに引っ掻かれたような傷が残されていた。二人だけではなく他の女性冒険者にも何らかの傷痕があったのに、敢えて隠さずに見せている者も案外多かった。そんな事にも気付かないほどにあの時の自分は追い詰められていたのだと、今なら分かる。

 口元を抑えられたままデニスの腕の枷を外そうともがいていたアンネリエが大人しくなる。どうやら聞き入れてもらえるようだ。押さえつけていたデニスの手が、ゆっくりと緩められる。

「……そういうことなら無理にお誘いも出来ないわ。ごめんなさいね」

 こういうことは自分が気にしないからで済ませられるものでは無い種類の問題だということは、聡い彼女にはすぐわかっただろう。申し訳なさそうに眉尻を下げて見せると、アンネリエは入浴道具を受け取って大人しく一人で浴室に入って行った。

 誰からともなく溜息を吐き、場の空気が弛緩した。

「……我が主人が無理を言った。申し訳ない」

 珍しくデニスが謝罪の言葉を口にする。

「いえ、こちらこそ……その、少し吃驚したものですから。傷痕は冒険者なら誰にでもありますから、あまり重く受け取らないで頂けると助かります。ただ、やっぱり見て気持ちの良いものではありませんので」

 あくまで依頼人の精神衛生を損なわないための配慮だと匂わせれば、デニスとバルトはどこかほっとした様子で顔を見合わせ、やがて苦笑して見せた。

「その、ですね……アンネリエ様をお止めしたのは何も貴女方に不満や問題があるからではないんですよ。その、なんというか、なぁ?」

 言い淀むバルトに「お前が言え」と言わんばかりの視線を向けられて、デニスは居心地悪そうに顔を歪めた。

「……あの方の悪い癖だ。普段は思慮深い方なんだが、絵の事となるとどうも周りが見えなくなるようでな――その、なんだ、」

「なんだい、はっきりしないねぇ」

 こちらもやはり言い淀んで言葉を途切らせてしまったデニスにナディアが苛々と柳眉をそばだてて見せる。とうとう観念して彼は重い口を開いた。が。

「――あの方は裸婦像もお描きになる」

「は?」

「え?」

「へっ?」

「なんだって?」

 何かとんでもない単語が聞こえて皆ぎしりと固まった。

「裸婦……え?」

「昨晩もしきりに言っていらした。ナディア殿の完璧な均整のとれた芸術的な、その、か、身体つきだとか、シオリ殿の絹のように滑らかで吸い付きそうな肌と楚々とした身体つきが危うげで美しいとか、その……あれは完全に裸婦像のモデルに狙っているな、と」

「ひゃぁぁぁぁぁぁ」

 何ということを言ってくれるのか。というか、そんな目で見られていたのか。褒められているのは理解したけれども、どう考えても恥ずかしいことを言われているのは事実だ。

 真っ赤になり変な声を出してしまったが自分は決して悪くはないはずだ。

 ナディアは目を丸くしながらも満更でもない顔だったが、クレメンスは何故か鼻を抑えてそっぽを向き、アレクは口元を引き攣らせた。その目は全く笑っていない。

「……俺だってまだ(・・)見てないのに、そんなこと許せるか」

 ぼそりと落とされた言葉はしかし、思いのほかに大きくその場に響いた。

「え?」

「え?」

「……ん?」

 クレメンスとナディアは何故かひどく驚いた様子で目を剥き、アレクが首を傾げる。

「~~~~~~~!!」

 まだとはなんだ。まだとは。

 衆目の中でますますとんでもない発言をされて、とうとう羞恥心が千切れ飛んでしまったシオリはアレクの胸元を強く叩いた。ぐっと息を詰まらせるアレクを尻目に赤くなったままそっぽを向くと、ナディアとバルトが爆笑し、デニスがどう反応したものか目を泳がせる。何とも言えない表情で頭を抱えてしゃがみ込んでしまったクレメンスの肩を、ぽむ、とルリィが叩いた。

 なにやら騒々しい外の様子が気になったのか、外套やブーツを脱いで大分楽な姿になったアンネリエがこっそりと浴室の入り口から顔を覗かせる。

 ――笑い声はしばらく止みそうになかった。

ペルゥ「自分は今度オリヴィエの知り合いに描いてもらう予定」


早速肖像画(?)の手配をしている者もいるようです。

シリアス展開になるかと思いきや、こういうオチだっていう。


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