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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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10 過保護な人々

 粉雪が降りしきる中、一行は一定の速度で雪道を歩いて行く。伯爵家の三人は大分慣れて来たのか、時折雑談する余裕も見せた。初日の野営地まであと僅かという安心感もあるかもしれない。

 ここまでの戦闘回数は二度。大休止後の道中で再び雪海月(スネ・マニエテル)の大群と遭遇したが、大きな混乱は無かった。アンネリエ達も任せておけば安心と知ったらしく、こちらが指示するまでもなく三人寄り添ってシオリの温風結界内に大人しく収まってくれた。

 とはいえ、まだ二度目とあって空を埋め尽くさんばかりの大群への恐怖感は拭い切れないようだった。血の気の失せたままアンネリエは目を見開いて雪海月を凝視し、デニスとバルトはそんな彼女を二人して腕の中に囲い込むようにして守っていた。

(ただの主従じゃないのかもなぁ)

 女主人とそれを守る従者という枠には収まり切らない、深い信頼で繋がっているような――ごく自然に寄り添う三人の姿は、互いを大切に想い合う兄妹のようでもあった。

 デニスなどは、特に。彼のアンネリエに対する態度は、ただの女主人としてだけではなく、どこか危なっかしい妹を案ずる兄のようにも見える。

『――詩織はしっかりしているようでポワっとしたところがあるからなぁ。兄さんは心配だ』

 就職して独り暮らしを始める時に兄に掛けられた台詞をふと思い出した。幾分年の離れた妹を両親以上に可愛がってくれた兄は、独り立ちする自分を随分と気に掛けてくれた。

 顔立ちも立ち振る舞いも全然違うのに、ザックに対して安心感や信頼感を抱いたのは、きっとどこか兄と似ていたからかもしれない。

 慣れない都会暮らしでほんの少し体調を崩したと聞いただけで、床を転がるほど心配していたと母から電話があった時には思わず苦笑したほどの心配性だ。きっと行方不明の妹を心底心配しているだろう。

 元気でいるだろうか。どうか、元気でいて欲しい。

「――どうした? 疲れたか?」

 隣を歩くアレクにそっと囁かれて、想い出の淵に沈みかけていた意識が浮上する。いけない。危険を伴う遠征中に他の事に気を取られているのは良くない。

「ううん。大丈夫。ちょっと兄さんの事思い出してた」

 そう言うと、彼はほんの少しだけ微妙な顔をした。

「……ザックの?」

「ああ、えと、そっちの兄さんじゃなくて」

 本当の、血の繋がりのある兄の。

 そう告げると、彼は目を見開いた。こちらも何か思うところでもあるのか、足元のルリィがぴょこんと跳ねる。

「お前、兄がいたのか」

「うん。七歳年上の兄さん。凄く心配性だった」

「……どこかで聞いたような特徴だな」

「そうだねー」

 たった一言特徴を告げただけだったが、「心配性の兄」という人物像にごく身近な人間を思い出したらしい。

 二人して含み笑いをしているうちに、今日の目的地に到着した。

 展望台。天候が良ければシルヴェリアの塔を臨める場所だが、雪の降る中とあって今はその姿を見ることは出来なかった。

 一行は展望台周辺の、積雪が無ければ元は広場であるらしい場所に踏み込む。

「……ん? 何だ?」

 先頭を歩くクレメンスが怪訝な声を上げた。何かの気配を感じる事は無かったが、その手が双剣に掛かったあたり、何か異変を察知したのだろう。

「どうした?」

「あれだ。展望台の入り口」

 雪が降っていて見え辛いが、顎で示された先の展望台の扉。

「あ。壊れてる?」

 固く閉ざされているはずの扉が開かれている。よくよく見れば、分厚い木製の両開きの扉の片方がひしゃげているのが分かる。

「魔獣……か?」

「いや、どうだろうな」

 近寄って見れば、やはり扉は壊されていた。魔獣によるものというよりは、むしろ。

「――人為的に壊した感じだねぇ」

 扉には明らかに火の魔法によるものと思われる激しく焼け焦げた跡と、鍵穴や蝶番の辺りに何度も力任せに斬り付けたような真新しい跡があった。

 皆難しい顔をして視線を交わし合う。アンネリエ達は不安げだ。

「人や魔獣の気配は無いようだが」

「……シオリ、どう思う」

 促されて探索魔法で展望台の内部を隈なく探ってみるが、やはり何の気配も感じられなかった。

「何も居ないみたい。小動物のものも無さそうだよ」

「そうか……」

 少し思案してから、すぐにアレクは頷いた。

「俺が中を確かめてくる。ここで待っていてくれ」

「頼んだよ」

「気を付けて」

「ああ」

 短い会話を交わし、アレクは魔法で明かりを灯すと、壊れた扉をくぐって展望台の中へと入って行った。

「……やっぱり、先行したおかしなパーティの仕業かな」

「だろうねぇ。魔力痕もこの斬り付けたような跡もまだ新しいからね」

 焦げ跡にはまだ魔力の残滓が感じられる。経年劣化でくすんだ色に変色した木製の扉に付いた斬り傷も、真新しい切り出したばかりの木材のような白さが目立った。

 十分は経っただろうか。アレクが足早に戻って来る。

「どうだった?」

「……売店や食堂を荒らした跡があったが、目ぼしい物は無かったようだな。腹立ち紛れか魔法で大分当たり散らしたらしい。椅子や棚が吹っ飛んでいたぞ。あとは広間の暖炉で暖を取った形跡もある。多分ここで一晩過ごしたんだろうな」

 彼はやや呆れ気味だ。

「うわぁ……」

 思わず声が漏れる。

「他の階層は特に問題は無かったな。シオリの言う通り、生き物の気配は無い」

 一行に微妙な空気が漂う。

「売店や食堂って、もしかして食料でも漁ってたのかな」

「可能性はあるな。見るからに何もない他の部屋はほぼ手付かずだった」

 どれほどの準備をして臨んだのかは分からないが、魔導士の男はほぼ手ぶらだったというから、もしかしたら一人分の荷物が足りていない可能性もある。

「……準備不足で食料を切らしたのかしら……」

 アンネリエがぽつりと言う。危うくそうなっていたかもしれない可能性を事前に回避出来たデニスとバルトは、何とも言えない表情で顔を見合わせた。体格が良く、他の二人よりも食事量が多いらしいバルトは、外套の胸ポケットに忍ばせた行動食を無意識に撫でている。

「――どうする? せっかく開いていることだし、中を使わせてもらうか?」

 野営地代わりに使うには丁度良い場所ではあるのだけれども。

 訊かれたアンネリエは首を横に振った。

「いいえ。中の方が安全なのかもしれないけれど……私達が荒らしたと思われても困るからやめておくわ。後で騎士隊も調査したいでしょうし、出来るだけ現場をそのまま残しておいた方が良いわよね」

「ああ、その通りだ。なら当初の予定通り、外の広場で野営することにしよう。シオリ」

「うん、了解……あ。ここの広場って舗装されてるのかな」

 ふと思い至って確認すると、雪の無い時期に何度か来たことのあるらしい仲間達は揃って頷いた。

「展望台を中心に、多分五十メテルくらいは舗装されてるんじゃないかねぇ」

「そっか。ならやりやすいなぁ」

「そういうものか?」

「うん。土よりは成形しやすいし」

「そうか。なら、それは何よりだった」

 土が剥き出しの場所では手間が多くかかる。浴槽を作るにも湯で溶け出さないよう十分に押し固める必要があるし、土中に潜んだ雑菌やウィルスによる感染症の可能性も考えて、殺菌処理も念入りになる。天幕が張れない場所での寝床確保で土に一度熱風を当てているのは、単に湿気を飛ばす為だけのものではなく、殺菌も兼ねているのだ。

 けれども石や煉瓦で舗装されているならもう少し話は簡単だ。初めから固められているのだから、魔法で働きかけて成形するだけでいい。殺菌処理も表面を焼くか熱湯を浴びせる程度で済む。

「ちょっと下がっててくださいね」

 アンネリエ達を促すと、アレクらが彼女らを庇うように後退してくれた。

「――圧雪」

 風魔法で空気の圧力をかけて、広場に降り積もった雪を正方形に抉り取るようにして地面付近まで雪を圧縮し、短時間で雪を溶かせるように細工する。

「融雪」

 それから熱風を起こして雪を溶かした。ナディアのように瞬時にとはいかないけれど、じゅ、という音と共に徐々に雪が蒸発し、十メテル四方ほどの空間が出来上がった。舗装された地面が剥き出しになる。

 おお、という歓声が上がってこそばゆい気持ちになるが、内心の照れを隠して次の作業に移った。作り出した空間の周囲を取り囲むように浅く排水溝を設置してから、結界杭用の穴を開ける。慣れているクレメンスとナディアは即座に杭を嵌め込んでいき、驚いたような表情を作っていたアレクがやや遅れてから作業に加わった。

 ルリィは周囲を警戒するように辺りをうろうろと這い回っている。何かあれば変色して警告してくれるだろう。

「間取りはどうしようかなぁ」

 少し考えてから、端の方にまず調理場を設置する。とは言っても、舗装された地面を成形して簡易竈と簡単な洗い場、そして配膳用の小さな卓を作る程度だ。それから調理場の隣に食卓と長椅子を二つ作り、休憩の時のように腰を冷やさないよう雪熊の毛皮を敷いた。

「私達はもう少し準備がありますから、こちらで休んでいてくださいね」

「ありがとう。本当に器用ね」

「恐縮です」

 手早く薬草茶を入れて振舞うと、感嘆しきりの彼女達の視線を背中に受けつつ設営作業に戻った。仲間達は既に結界杭を設置し終えたようだ。

「じゃあ次は空調」

 空調魔法で結界内に温かい空気を満たすと、降って来る雪がさっと解けて蒸発した。解けきれなかった分は水滴となってぽつぽつと降るが、大した量ではないから問題は無い。

 続いて寝床だ。

「寝る場所ですが、天幕の中にそのまま横になるのと、寝台に寝るのとどちらが良いですか?」

 薬草茶を啜りながら作業を見守っている三人に尋ねると、しばらく考えてからアンネリエが答えた。

「出来れば寝台がいいわ。でも、どうするの?」

「簡易寝台を作ります。床の無い天幕がありますから、その中に設置しますね」

 成形しやすい舗装地だから、風呂に天幕を使わなくても浴室の壁は簡単に出来そうだ。だから風呂用の床無し天幕を寝所として使うことにする。

 展望台を背にする場所に固定用の杭を打ち込む為の穴を開けると、アレクとクレメンスが二人がかりで天幕を張ってくれた。内部に地面を成形して作った寝台を三つ配置する。ブロヴィート村の救護所でも作った簡易寝台を幾分広めにしたものだ。

 食卓を離れて天幕の中を興味深く覗き込んでいた三人から、再び感嘆の声が上がる。デニスはいつもの仏頂面だったが、それでも幾分その表情は緩んでいるようだ。お気に召して貰えたらしい。

「この上に防水布付きの毛皮と外套を敷けば、冷え予防になります。その上で毛布に包まって寝れば十分に温かいですよ」

「なら、寝台を整えるのは俺達がやろう。貴女は次の作業を」

 気まずいのかそれともやはり異国風の顔立ちが未だに慣れないのか、デニスが視線を合わせないまま言う。こちらとしても色々と思うところはあるけれど、協力してくれるのは嬉しい。

「ありがとうございます。ではお願いします」

 伯爵家用の寝所を出ると、自分達用にもう一張り天幕が張られ、こちらは既に中まで整えられていた。荷物も全て運び込まれている。

「じゃあ、あとはお風呂かなぁ」

 空いた場所に高さ二メテル半ほどの壁を成形して個室を二つ作り、更に上部には空気穴代わりの小さな天窓を付けた斜めの屋根を成形する。完全石造りの浴室だ。内部には浴槽と排水溝を配置し、ざっと熱湯を浴びせて表面を消毒する。消毒と同時に湯気で浴室内を温められるから一石二鳥だ。あとはそれぞれの浴槽に湯を満たしてしまえば、男湯と女湯に分かれた野営地にしては贅沢な作りの簡易浴場の完成だ。

「おおおおお。これなら魔法で家も建てられるんじゃないですか?」

 いつの間にか作業を見守っていたバルトが声を上げた。専門的な建設知識を持っていれば可能かもしれないけれどもと思いつつ、苦笑しながら答える。

「出来るといいんですけどね。長期利用や規模を考えると流石に強度が心配ですので、この位が限界ですよ」

「そっかあ。便利なんだけどなぁ」

 魔法というと、これまでは軍事利用が主だったらしい。魔法灯を除けば、日常生活にも導入されるようになったのはここ三、四十年ほどのことだという。まだまだ研究の余地はあるらしい。

「シオリさんみたいに家事やものづくりに特化した魔導士の養成を考えてもいいのかもしれないわね」

「攻撃を考えなければ、それほど多くの魔力は要らないからね。攻撃専門の魔導士には向かないけど、そういう仕事なら出来る人間は多いかもしれないねぇ」

「そうだねぇ」

 ナディアやアンネリエ達との会話を聞きながら何やら思案していたアレクとふと目が合った。しばらく無言のままじっとこちらを見つめている。

「な、何?」

 なんだか気まずくなって訊くと、「……あいつに提案してみるか」などと何やら小さく呟きながら、腰元のポーチから魔力回復薬を取り出して手渡して来る。

「魔力切れで体力まで持って行かれる前に、こまめに飲んでおけ」

「え……あ、うん。でも、私も持ってるよ?」

 万一に備えて十分過ぎる程に持ち込んでいる。けれどもアレクは首を横に振った。

「何があるかわからんから、お前の分は取っておいてくれ。俺のをやる」

「え、でも」

 アレクの分は、そう問おうとすると彼はにやりと笑った。

「心配するな。俺の分はこっちに入れてある。こっちのポーチはお前の分だ」

 腰の左右それぞれに付けてある薬品ポーチ。一方は使い込まれているが、もう片方のポーチはまだ新しく、最近買い足したものだと分かる。

 古い方には自分用の上級魔力回復薬を入れてあるのだと彼は言った。それから新しいポーチを開けて中身を見せてくれた。魔力量では遥かに自分を上回っている彼では用が足りない初級魔力回復薬がびっしりと入れられている。どうやらこちらはシオリ専用にわざわざ用意したらしい。

「は……えええええ!?」

 あまりの気遣いぶりに声を上げてしまったシオリに、アンネリエとバルトが爆笑した。

「デニスも相当過保護だとは思ってたけど、ここにも結構なのがいるー!」

「……っふふふ、本当ね! なかなかどうして、いい勝負だわ!」

「うわぁぁぁぁ」

 恥ずかしさのあまり真っ赤になってしまったシオリとは対照的に、アレクは何故かご満悦だ。爆笑する主従と、その隣で比較対象にされて仏頂面になっているデニス。荷を解いていたクレメンスは苦笑し、ナディアは肩を竦めながらも笑って見せた。

「……過保護なのが増えた……」

 二人の兄(・・・・)に続いてもう一人増えてしまった過保護な人間に、シオリは頭を抱えた。諦めろと言わんばかりに、ルリィがその首筋をぺたぺたと叩いた。

ルリィ「アレクの荷物は過保護袋」

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