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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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06 波乱の予感?

ルリィ「クレメンスの荷物は呪い袋」

 翌朝。一行は朝食を終え、旅支度を整えてエントランスを出た。

「……どうしたの?」

 アレクが背嚢を背負ったクレメンスの後姿を何故か微妙な顔付きで眺めている。何か荷物に不備でもあったのだろうか。アレクを見上げると「……いや、なんでもない」とぼそぼそとした返事が返って来た。でもその顔がどことなくげっそりして見える。シオリは首を傾げながらも未だ薄暗い空を見上げた。

 日の出前の七時。仲間内だけであればもっと早い時刻の出発となるのだが、依頼人がほぼ初心者である事を考慮してこの時間設定になった。ストリィディアの冬の夜明けは遅く、暗い雪道を初心者に歩かせるには不安もあるからだ。

 日の出まであと一時間弱。最終確認と塔へ続く道の入り口までの移動で丁度良い時間になるだろう。

「無理そうなら遠慮せず申し出てくれ。様子を見て場合によっては引き返す事も考えよう」

「ええ、わかったわ」

 とにかく無理だけはしないようにと言い含めると、アンネリエはやや硬い顔で頷いた。

「それにしても……」

 昨日買い込んだ新しい装備を身に着けた彼女は、自身の姿を見下ろしてからその場でくるりと回って見せる。

「本当に軽くて温かいのね! 驚いたわ」

「そうですねぇ。最初は軽過ぎて心許無い気もしましたが、さすがにプロ仕様は違いますね。いっそ仕事着もこの素材で揃えたいくらいだなぁ」

 バルトも軽い調子で同意した。デニスは無言だったが着心地に納得はしているらしい。どことなく満足げな表情だ。

 ちなみにアンネリエは若葉色の外套を身に纏っている。デニスが私的に買っていたオリーブ色の物ではないようだ。あちらは袖口の優美なデザインが彼女の仕事には向かず、ドレスでの外出時に使うつもりらしい。

「デニスの奴、素直にプレゼントだって言えばいいのに経費で買った物に紛れ込ませちまったんですよ」

 バルトがこっそり教えてくれた。昨日の主従の様子と今の彼の台詞でなんとなく三人の人間関係が見えたような気がして、ナディアと二人で顔を見合わせて笑ってしまった。

 最初はどうなる事かと思ったけれど、思ったよりはずっと気さくな人々だ。それなりに楽しい旅になるかもしれない。

「忘れ物は無いな? 問題が無ければ出発しよう」

 アレクが一行をぐるりと見回して訊いた。問題無い。それぞれが頷いて見せる。

「ええ、よろしくお願いするわ」

 アンネリエの言葉を合図にして、数日間に渡る短い探索行が始まった。



 シルヴェリアの塔へと続く道の入り口までは馬車で十分程だ。農家らしき建物が点在する街道沿いにその入り口はあり、傍に騎士隊の監視用の小屋がある。夏季は旅行者の出入りを確認し、そして緊急時にはすぐ駆け付けられるように配慮されているらしい。冬季は主に、面白半分で危険地帯に入り込む不届き者を監視する目的があるようだ。二人の騎士が窓越しにこちらを窺っているのが見える。

 馬車を降り、御者の手を借りて背嚢を下ろしてそれぞれ背負うと、アンネリエが小さく声を上げた。

「どうしました? 何か問題でも?」

「いいえ。ただ、一人一人の安全を考えたらやっぱりこの位の荷物にはなってしまうのねって思ったの」

 今迄はデニスやバルトが荷物のほとんどを持っていたという事だから、本来一人分に必要な荷物の重さに驚いたらしい。それでも予備を含めて六日分の食糧と飲料水、そして着替えと毛布の他は、毛皮に防水布の裏地を付けた敷布程度で、一行の中では最も軽いのだ。画材や重い缶詰類はデニスとバルトが分担して持っている。

「……参考までに、シオリさんの荷物、少し持ってみても良いかしら?」

「いいですよ? 少し重いかもしれませんから気を付けてくださいね」

 背嚢を背から下ろし、手渡したのだが――

「ううっ!?」

「アンネリエ様!?」

 彼女は呻いて背嚢を取り落としそうになり、慌ててデニスとバルトが落下しかけたそれを受け止めてぎょっとする。

「これは――」

「……シオリ殿の荷物で間違いないんですよねぇ?」

「ええ、そうですが……」

 戻って来た背嚢を背負い直すと、三人は驚愕とも感嘆とも言えない声を漏らした。

「――とても女性が持つような重さでは無いと思うのだけれど……シオリさんは大丈夫なの?」

 どうやら荷物の重さに驚いたらしい。冒険者としては普通なのだが、七人分の食糧や調理用具が重く感じたのかもしれない。それでもアレクやクレメンスが気を遣って、いつもの風呂専用天幕や入浴、洗濯用具一式は二人が持ってくれている。

「大丈夫ですよ。いつもこの位です。もっとも、冒険者になりたての頃は大分苦労もしましたけれど」

 あの頃に比べれば体力も筋力もかなり付いた。今なら日本の成人男性よりも余程重労働出来る自信がある。とはいえ、さすがに先日のブロヴィート村のような状況は正直御免だが。

「女性でこれだと、男性ではもっと重くなるの?」

「まぁ状況にもよるが……大人数の場合は体力のある者が率先して荷物を持つようにはしているな」

 アレクの言葉にアンネリエは考え込んでしまった。

「これではいくら慣れているとは言っても、迂闊に何日も拘束するような仕事を依頼するのは申し訳無いわね」

「それを理解して貰えるだけでも有難い。中には野遊びの付き人代わりだとか貴族の探検ごっこの護衛のような仕事を安易に依頼してくる者も居るのでな……っと、ああ、今回の依頼がそうだと言っているわけではない」

「入って来た依頼を受理するかどうかはそれぞれの支部に任されてるんだけどね。少なくとも今のトリス支部は、あんまりにも無茶な依頼やこっちの助言をまるきり無視するような依頼人はきっちりお断りしてるよ」

 気まずい顔をして視線を泳がせたデニスに、クレメンスやナディアのフォローが入る。

 あまりにも危険な依頼であれば、いくら伯爵家からの寄付があるとは言えどもザックは受け入れなかっただろう。アンネリエの人柄や、デニスの気難しいながらも必要があれば柔軟に対応出来る性質を感じ取って、彼も受理を決めたに違いない。

「まぁ……次からはもう少しよく考えてからにするわ。ね?」

 苦笑しながらアンネリエは同意を求めるように傍らの従者に視線を流すと、デニスは「そうします」と呟いた。

「さぁさぁ。じゃあ、ざっとこれからの事を説明させてもらうけどいいかい」

 話がひと段落ついたところでナディアが手を鳴らした。

「先頭はあたしとクレメンス、殿しんがりはアレクとシオリ……と、ルリィが務めるよ。伯爵様達は真ん中を歩いとくれ」

「ええ、わかったわ」

「ならアンネリエ様の両脇は我々が固めるので良いのだな?」

「そうだね。もし魔獣が出たら、二人で伯爵様を守ってやっとくれ。勿論こちらも全力でお守りさせてもらうからね、後はこっちの指示に従ってくれればいいよ。無闇に逃げ回るような事だけは避けておくれ」

「承知した」

「道はあたしが魔法で付けるから普通の雪道よりは歩き易いと思うけれど、無理はしないでおくれ。きつかったら早めに言うんだよ」

 三人が神妙な顔で頷く。次いでアレクが言った。

「野営地としては、塔の五百メテルほど手前にある展望台を候補地として考えている。水場もあるし、魔獣除けの結界が敷設済みの場所だからな。ある程度は安心して休めると思う」

 夏季でも塔の内部は危険だ。そのため観光客が入り込まないように柵と結界が敷設され、手前の展望台で景色が楽しめるようになっているらしい。冬季はその展望台も閉鎖されていて入れないようだが、それでも野営地としては丁度良い場所だろう。

「今の時期の日没は午後四時前だから、野営地の設営時間を考慮して少なくとも午後三時までには現地入りしたい。何も無ければアンネリエ殿達でも十分に到達出来ると思う。それから途中の休憩だが、一時間毎に十分の小休止、昼に三十分の大休止の予定だ。小休止では行動食一本と水分補給をしてくれ」

「一時間毎に軽食を取るということ? 結構な回数ね」

「高性能の装備を揃えはしたが、それでも雪の中の長時間歩行はかなり体力を消費するからな。量は人にもよるんだが、少しでもいいからなるべく口に入れておいた方がいい。まぁこれは実際歩いてみれば分かるかもしれん」

「わかったわ」

「シオリは探索魔法は使わなくていい。魔力と体力温存の方向で」

「うん。了解」

 一通りの説明を終えるといよいよ出発だ。こちらの動きを察して、監視小屋から騎士が出てくる。

「冒険者か?」

「ああ。依頼人を案内して塔に向かう。冒険者四名と貴族家から三名だ」

 クレメンスが人員構成を伝えると、中年の騎士は少しばかり難しい顔をした。

「所属とランクは?」

「トリス支部のA級三名とB級一名だが……何か問題でもあるのか?」

「いや……貴殿らは大丈夫か。実はな、」

 パーティの面々をじっと見つめていた騎士は後ろを振り返り、塔への道に視線を向けた。

「一昨日に冒険者のパーティがこちらの制止を振り切って強引に塔に向かってな。その日はうちの若いのが対応していて強引に押し切って行ったそうなんだが、どうにも不安が残るパーティだったらしい」

「不安?」

 皆で顔を見合わせる。

「リーダーらしきA級の魔導士と、C級の剣士に治療術師の三人パーティだったそうだ。おまけに魔導士の男は装備以外はほぼ手ぶら、荷物のほとんどはC級の二人が持っていたらしい」

「うわぁ……」

 思わず声が漏れてしまった。アレクらも苦々しい顔だ。

「そのA級の魔導士がどれほどの使い手かは知らんが、明らかな戦力不足だな」

「そうさねぇ……前衛がC級一人ってのは、まさか囮役にでも使ってるんじゃないだろうね」

 自分としてはその三人の力関係が気になってしまう。冒険者のパーティというよりは貴族と荷物持ちの従者といった印象だ。同じ事を思ったのだろう。アンネリエが複雑そうな顔をし、デニスとバルトは肩を竦めて見せる。

「……単なる民間人なら殴ってでも止めるところだが、冒険者ならば自己責任だからな。敢えて捜索隊も出してはいないが、もし見かけたら様子を見てやってくれるか」

 最後に落とされた、生きていれば良いがな、という呟きに何とも言えない微妙な空気が漂う。

「――こちらとしては依頼人を優先させたいからな。状況によるとしか言えんが」

「それで構わん。まぁ、留意しておいてくれという事だ。では無事を祈る」

 騎士は綺麗な敬礼をして見せると、監視小屋に戻って行った。

「――ということだそうだが、当然ながら我々はアンネリエ殿を最優先にする。しかし、万一の時にはそのパーティに手を貸すこともあるかもしれんが……」

「ええ、勿論よ。それで構わないわ」

 頷いて見せてから、それにしても、とアンネリエは苦笑する。

「貴族にも色んな人がいるけれど、冒険者にも色々あるのね。まだ出発もしていないけれど、貴方達にお願い出来て良かったって心底思うわ」

「そうですねぇ。今聞いたような連中だったらと思うとぞっとします」

 アンネリエとバルトは互いの装備と荷物を見比べてしみじみと呟いた。デニスは無言で新調したばかりの外套を片手で撫でている。こちらも思うところがあるらしい。

「……同業者の見苦しいところを知られてちょっと恥ずかしい気もする」

「ああ。まったくだ」

 ぼそりと呟くと、アレクが苦笑いしながらシオリの肩を叩いた。足元でぽよんとルリィが弾む。

「さあ、出発するぞ。直に夜が明ける」

「うん」

 ――東の空が白み始めている。夜明けは間近だ。

 波乱の予感を含んだ旅は、こうして始まった。

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