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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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05 出発前夜

 夕食は共にどうかというアンネリエの誘いを丁重に断り、その晩は仲間内での打ち合わせも兼ねて、宿に併設の食堂で済ませた。町で一番の宿とは言っても主に観光客向けであるらしく、抑えめの価格設定で連泊しても然程懐が痛まない程度のものだった。味も素朴ながらも丁寧な仕込みで、舌も腹も十分に満足出来た。ルリィもシンプルに焼き上げた肉の盛り合わせがお気に召したらしく、満足げにぷるんぷるんと震えながら食事を楽しんでいたようだ。なんとなく周囲の視線が気になりはしたが、東方人とスライムの妙な組み合わせが目立つ事は十分に承知していたので、それは適当に受け流しておいた。

 アレクは「朝は部屋食にするか?」と気遣ってくれたけれど、慣れているから平気だと断れば、「無理はするなよ」と言いながらも引き下がってくれた。

 希望すればアンネリエのように部屋での食事も可能らしいが、彼女曰く「本当は私も食堂で食事してみたかったわ」だそうだ。それはデニスによって素気無く却下されていたらしい。若き女流画家として名の売れている独身の女伯爵とお近付きになりたがる者は多く、あまり目立ちたくないからというのが主な理由だと彼は言った。

 それでも「料理は貴族向けのものではなく、食堂で提供されているメニューでお好きそうなものを頼んでおきましたのでご安心を」と言っていたあたり、アンネリエが言うほどには彼も石頭ではないらしい。容認出来ないところはきっぱり駄目と言うが、そうでなければ可能な限り彼女の希望に沿う形で物事を進めるだけの柔軟な対応も出来るようだ。どうにも不愉快なところはあるけれども、きっと彼は有能な従者なのだろう。

「――お前達はどうする? もう休むか?」

 宛がわれた二人部屋の前でアレクが訊く。

「そうさねぇ、明日は早いから休むことにするよ。あんた達は?」

「私は念の為、もう一度武器をチェックしてからにしよう」

「俺もだな」

 武器は持たないシオリやナディアとは違い、男性陣の主武器は命綱だ。間違いが無いよう、毎日念入りに手入れと刃毀れや罅割れの有無の確認をしているようだ。

「じゃ、お休み」

「ああ、また明日な」

 互いに就寝前の挨拶を交わして部屋に戻ろうとした時、アレクに「――後で少しだけ出て来てくれるか」とそっと囁かれた。見上げるとほんの少しだけ目を細めて見下ろしている。小さく頷けば、口の端を僅かに引いて笑い、それから部屋に入って行った。

(なんだろう?)

 疑問に思いながらも室内に戻る。伯爵家持ちで予約されていた部屋は、アンネリエ達のものほどではないがそれなりの広さがあり、上品な調度類で纏められていて居心地良く整えられていた。リネン類も肌触りが良く清潔で、質の良い睡眠が取れそうだ。

「あたしはお風呂に入ってから寝ようと思うけど、あんたはどうする?」

「うーん、私は少し荷物を整理してから入るよ。姐さんが先に使って」

「そうかい? 悪いね。じゃあそうさせてもらうよ」

 この宿には水道だけではなく、魔道具を使った湯沸かし設備もあるらしい。トリスのような大規模な都市では市内のほぼ全域に水道が敷設され、湯沸かし設備が導入されている家も多いが、それ以外の町や村となると水道が精々か、場合によっては未だに井戸水利用の場所もあるようだ。

 シオリのアパルトメントにはどちらも設置されているけれど、つい手軽な魔法を使って済ませてしまいがちだ。

(湯沸かしくらいなら大して魔力も使わないしね)

 着替えと化粧品を入れてあるらしい袋を手に浴室に向かうナディアを見送ってから、背嚢を開けて明日必要になりそうな物を纏め、軽く荷物を入れ替える。

 かたん。

 隣室の扉が開閉する音が聞こえた。アレクが部屋から出たのだろう。足音がこの部屋の前を少し通り過ぎたところで止まった。

「……ルリィ、ちょっと出てくるね。すぐ戻るから」

 就寝前の伸縮運動を始めていたルリィは、「行ってらっしゃい」と言うようにひょいっと触手を伸ばして振って見せる。

 そっと部屋を滑り出ると、廊下の窓辺で外を眺めていたアレクが振り返った。手が差し伸べられ、躊躇いながらもその手に自らのそれを重ねると、そっと握り返された。廊下の先に視線を向けて促され、彼に手を引かれて談話室らしき場所に連れて行かれる。

「……えっと、何、かな?」

 見上げながら訊けば、静かに抱き寄せられた。優しく腕の中に囲い込まれる。

「少し確かめたい事があったからな」

「確かめたい事?」

「大丈夫か? あの男――」

 言わんとする事を察して、シオリは薄く微笑んだ。

「大丈夫だよ」

「本当か? 無理はしていないな?」

 先程の食事中にも訊かれた事なのだが。ザックもそうだが、アレクも相当に心配性らしい。

「うん。あの位なら慣れてるし、それに思ったほど変な人じゃなかったもの」

 相変わらず不機嫌そうな表情を見せてはいたけれども、案外普通に会話も出来た。買い出し中も大人しく助言を聞き入れ、気になる事があれば質問してきたりもしたのだから。

「そうならいいんだが……お前は無理をする癖があるようだからな」

 念の為の確認だと、彼はそう言って苦笑した。

「……ごめんね。心配かけてばっかりで」

「いや、お前のせいではないから気にするな。俺が心配なだけだ。それに、理不尽に不当な扱いをする連中が悪い」

「うん。ありがとう」

 抱き締められたまま、優しく背を撫でられる。大きな手のひらの温もりが心地良く、緩く瞳を閉じて彼の体温を堪能する。

「――本当は」

 あまりの心地良さについ立ったまま微睡んでいたら、耳元で囁かれて飛び上がってしまった。

「う、うん?」

「確かめたいだけではなく――他の目的もあった」

「何?」

「――出先でこうするわけにもいかないからな、」

 彼はにやりと笑いながら、指先でシオリの顎を持ち上げる。

「出発前にお前を少し補給(・・)しておこうかと」

「え?」

 言われた事の意味を深く考える前に唇を塞がれた。何度も啄まれ、舌先でちろちろと唇の端を舐められる。まさかここで口付けされるとは思わず、何の心の準備も無いままアレクにされるがままになった。

 ややあってから唇が離され、それから彼の小さな笑い声が降って来る。

「安心しろ。口付け以上の事はしないさ」

「こんな場所でこれ以上されても困る!」

 狼狽える自分を見ながら、愉快そうに彼はもう一度笑った。

「こんな場所でないならこれ以上してもいいのか?」

「え、いや、そういう意味ではなく、」

 慌てているうちに再び唇を塞がれた。今度は噛みつくように貪られ、舌の根元を捏ねるように口内を激しく蹂躙される。何もかも奪い去られるような濃厚で激しい口付けに腰が砕けそうになる頃、ようやく解放された。すっかり息が上がってしまっている自分に引き替え、アレクは随分と満足そうだ。

「……そこそこ堪能させてもらったことだし、今日はもう休むか」

(そこそこ!? 結構なアレだったよ!?)

 前から薄々察してはいたけれど。

(この人――凄い肉食系!)

 足元が覚束なくなってしまった自分を支えて部屋の前まで連れて来ると、彼は今度は触れるだけの口付けを落としてから、「ご馳走様。また明日な」と楽しげに自室に戻って行った。



「――なんだ、売店にでも行っていたのか?」

 程々にシオリを堪能して自室に戻ると、双剣を磨きながらクレメンスが声を掛けてくる。

「まぁな。寝る前に軽くもう一杯とも思ったが、目ぼしい物が無くて帰って来た」

 無いどころかこれ以上は無い美酒(・・)を堪能してきたのだが、それはおくびにも出さずに何食わぬ顔して返事すると、彼は陣取っている寝台傍の脇机を顎で指し示した。

「珍しい酒でも良ければ幾らか持ち合わせがあるぞ。一本どうだ?」

「ほう? 珍しい酒か」

「ああ。東方の酒なんだが」

 興味を惹かれて近寄ってみる。携帯用の小瓶に移し替えられた何種類かの酒。許可を得て蓋を開け、香りを確かめてみる。穀類だろうか。独特の香りが漂う。

「今手にしているのが『千年の孤独』で、こっちは『涙乃光』、そっちは『失恋草』で、そちらの茶色の瓶が『一人者ひとりもん』だ」

「――……」

 蓋を閉めると、そっと脇机に戻す。

「なんだ、いらんのか?」

「いや……」

 何だろうか。途轍もなく不吉な品揃えの気がする。

「や、やはり今日のところは武器の手入れだけしたら大人しく寝ることにする。珍しい酒は町に戻ってからにでもしておこう」

「そうか……」

 気のせいか些か残念そうにも見えるクレメンスを横目に、アレクはげっそりとしながら愛剣の手入れ道具を取り出した。

 ――補給したはずのシオリ成分が、何故だか目減りしたような気がした。

ルリィ「行きつけのその酒屋、大丈夫なのか」

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― 新着の感想 ―
[一言] 日本酒の『美丈夫』と『色おとこ』をクレメンスさんとザックさんにおススメして慰めて差し上げたいです。 アレクさんには『くどき上手』を。 『おんな泣かせ』も悲しみの涙じゃなければ多分OK!って事…
[一言] スゴイ銘柄ばっか(笑)
[一言]  酒飲みの友人で、日本酒『美少年』を飲んでいるヤツが居たなあぁ……  ちなみに私は『男山』の本醸造を時々飲みます。  でもって、我ら二人は『う腐腐』な関係では有りませぬ。
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