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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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04 買い出しのお手伝い承ります

今度は長くなった。

「ちょいと買い出しに出てくるよ。夕食までには戻るからね」

 仲間達と女伯爵にしばらく外出する旨を伝え、三人と一匹で宿から出る。小雪の散らつく中を、徒歩十分ほどの場所にあるエナンデル商会へと向かった。時折ナディアが話題を振り、それにシオリが答える以外は会話らしい会話も無く、デニスは始終その顔に不満とも諦めとも言えないような微妙な色を浮かべて歩いていた。

 商会に着くと入口で外套と帽子の雪を払い、店内の商品を濡らさないようにとシオリが軽く温風の魔法を掛けて、表面に残った水分を乾燥させてくれた。了承を得る際にデニスは頷きつつも警戒して渋面を見せたが、水滴がすっと蒸発するのを見て一瞬だけ感嘆の表情を作った。

(本当に表情に良く出る男だねぇ)

 吹き出しそうになるのを堪えて店内に入る。

 トリスほどの大規模店ではないが、それでも十分な品揃えだ。組合(ギルド)の支部は無い町ではあるが近隣で活動する冒険者は多く、それなりに需要がある為だ。

 デニスはどこか不満げな顔のままだったが、興味深く店内を見回すその目の輝きは好奇心を隠せないでいる。この様子ではじっくりと見て回りたいのだろうが、まずは用事を済ませてしまいたかった。

「さて、どこから見るかねぇ」

 すぐ傍の棚の雑貨類を品定めするように眺めていたデニスは、顔を上げると奥の売り場に視線をやった。

「まずは下着と上着から揃えたい」

「それならあたしの得意分野だね。シオリはどうする?」

「私は他の物を見ておくよ。必要そうなら先に買い足しておく」

 一応彼女にも声掛けしてみると、シオリは食品類と雑貨類に視線を向けながら言った。

「了解。じゃあデニスさん、行こうか」

「ああ、よろしく頼む」

 シオリ相手では初対面時と比べれば多少軟化したとは言え未だに不満げな態度を取って見せるというのに、彼女同様異国人である自分には同国人と変わらない対応だ。その態度の差にナディアとしても不愉快な思いを抱く。

 確かに自分とは異なり、淡いクリーム色の肌に漆黒の髪を持つシオリの容貌は、一目で遥か遠方の異民族と分かるものだ。当然国交は無く、未知の部分も多い東方の国の民の特徴を持つ彼女は、保護された当初はその容姿だけで差別されることも少なくなかった。

 けれども、たった四年という短い期間で指名依頼が入るほどの地位と信頼を勝ち得た彼女の努力は、血を吐くようなという表現では生温いほどのものだった。着ていた物以外に財産らしい物は何一つ持たず、本当に身一つで打ち捨てられたように森に倒れていたという彼女。その彼女が今の居場所を作る為に、一体どれほど身と心を削って来たのだろう。

 間近でシオリの苦労と努力を見守って来た「保護者」の一人としては、それらを無視して見た目だけでその価値を判断するような輩には最高位の火魔法をお見舞いしてやりたいほどの憤りを覚える。けれども当の本人がそれを涼しい顔で受け流してしまうのだから、大人しく引き下がるしかない。それが酷くもどかしくもある。

「――どうかしたか」

 どうやら表情に出ていたらしい。デニスに遠慮がちに声を掛けられて我に返る。

「……いや、何でもないよ。さ、選んじまおうかね」

 使い魔用品の棚からルリィ好みの菓子を選んでやっているシオリにちらりと視線を向けてから、ナディアはデニスに向き直った。

「防寒というと厚手の物ばかり選びがちだけど、薄手で温かい物を重ね着する方向で選ぶのが基本だね」

「重ね着? 厚手の外套を着れば荷物も減らせるのではないのか?」」

「近場で野遊びならそれでもいいだろうけどね。雪の中を荷物担いで長時間歩くとなると、それなりに暑くなるのさ。分厚い外套だとあっという間に汗まみれだよ。かと言って雪が降る極寒の中で外套を脱いじまう訳にもいかないからね」

「そういうものか……」

「だから薄手の物を重ね着して、暑ければ脱ぐ、寒ければ着る、そんな風にして体温調節できるようにしておくんだよ。慣れてくれば何枚必要か分かってくるから、今回は多目に買っておきな」

「わかった。そうしよう」

 下着や靴下などの細々としたものは、ある程度直接触って肌触りや品質を確かめればそれで納得したらしく、それほど時間を掛けずに選び終えた。さすがに女主人の物まで自分で選ぶには抵抗があると言い、それは代わりに選んでやった。

「ストリィディア原産のストリィド・メリノの毛はね、暖かくて肌触りが良い上に丈夫で毛玉もほとんど出来なくて長持ちするんだよ。おまけに汗をかいても乾きやすいし臭い消し効果もあるから、遠征中みたいにあんまり着替えられないような時にはぴったりの素材なのさ。寒い季節の探索にはお勧めだよ」

「なるほど……同じ素材の衣類もあるのか?」

「ああ、勿論さ。軽くて薄いから重ね着にも良いし、着替えとして持つにも嵩張らなくていいんだよ」

 そう教えてやれば、手帳にメモ書きしてから衣類も選び始める。どうやら仲間の分も含めて女主人のサイズや好みはある程度把握しているようだ。さすがに家での身の回りの世話は侍女がしているのだろうが、旅先では彼がほとんど面倒を見ているのだろう。

 女が好みそうな繊細で美しいデザインの物も取り揃えてあったがそれにはほとんど目もくれず、シンプルな物だけを選んでいく。華美なものはアンネリエの好みではないのかもしれない。

「小物類はどうする? あれは手持ちの物でも十分だったけどね」

 手袋や帽子、ゲイターに視線を向けて言うと、デニスはしばらく悩む素振りを見せたが、買い足すことにしたようだ。

「手持ちの物は予備に回して、専用の物を使ってみたい。使用感が良ければ帰りに幾つか買い足して行くつもりだ。機能性もそうだが、この薄さと軽さは魅力的だな。動きを妨げずに済む」

 一通りの品を備え付けの買い物籠に入れたのを確かめたところで、次は外套を視線で指し示した。

「次は上着だね」

「ああ、頼む」

「上着に選ぶなら、断トツで河羊(エルヴ・フォール)素材がお勧めだよ。風を通しにくい素材だし、水を弾くから雪や雨にも強くて汚れが付きにくいんだ。もし出先で画材も使うようなら丁度良いんじゃないのかい」

「それは良いな。保温性はどうなんだ?」

「さすがにこれだけじゃ少しばかり心許ないからね。個人的には裏地にトリス兎の毛を薄く貼ってるのがお勧めだよ。冬の野営用の毛布にも使われてるしね、手触りも保温性も抜群なんだ。不安ならストリィド・ダックの羽を詰めたキルト生地のベストを体温調節用に予備で持っていくといい。ほら、こっちのなんか全部お貴族様に人気のローセンダール社のデザインだよ」

 そう勧めてやれば、入念に品定めし始める。外套には多少拘りたいらしい。大分考えてから何点か試着して男物を二点選び、それから女物を更に見比べた末に、若葉色の外套を一点選び出した。オリーブ色の外套と大分悩んではいたけれども、袖のデザインに難でもあるらしく、かなり未練たっぷりの様子で諦めたようだ。

「衣類はこれで良い。次は食品と雑貨類をお願いしたい」

「そっちはシオリの分野だね」

「あのおん……シオリ殿か」

 シオリの名を出した途端にデニスの表情が歪んだ。あの女呼ばわりしかけて言い直したのはまだいいが、表情に出してしまっているのは頂けない。

「あんたねぇ……そんなにあの子が嫌なのかい。あたしだって異国人だよ。何の違いがあるってのさ」

 この国からは多少距離のある国の出だが、容姿は近隣諸国の人間と然程変わりは無い。違いがあるとすれば、女にしては少々背が高いというところくらいか。それゆえに差別らしい差別は受けたことがない。移民嫌いの大半は自分達とは明らかに異なる容姿に嫌悪感を示すらしいが、この男もそういった手合いなのだろうか。

「ああ、いや……あの一目で異人と分かる風体がどうもな。特にあの黒髪が……」

 どうやら訳有りのようだが、それでも彼女には関係の無い事だ。睨み付けてやると、彼は気まずい表情を作った。

「自分でも良くない事だというのは分かっている。彼女には何の非も無い事もな。だが、どうにも……嫌な記憶を思い出させて駄目なんだ」

「――何があったかは聞かないでおくけどね。シオリは信用出来る子だよ。住民にも好かれてるし、依頼で苦情が来たことはただの一度も無いんだ。それこそ――ここいらじゃ珍しい東方人だって理由以外ではね」

 デニスは俯けていた勿忘草色の瞳をシオリに向けた。

「俺は帝国人の血を引いていてな。血が混じったのは百年以上昔の話で向こうの血なんかもうほとんど無いようなものなんだが、それでも大分嫌な思いをさせられてきた。だから移民だとか異国人だとか――自分ではどうにもならない理由で虐げられる事の辛さはよく分かっている」

 だというのにその辛さを知っているはずの自分自身が、移民相手に理不尽な怒りと嫌悪感をぶつけてしまっているという状況がもどかしくやるせないのだと呟いた。

「……もう十年以上も前の話なんだ。いい加減割り切って改めねばならんな、こういう事は」

 デニスは深い溜息を吐くとナディアにひらりと手を振って見せ、それからシオリに近付いて行った。

「……なんだかよく分からないけれど、本当に改めて欲しいもんだね、ああいうのは」

 シオリが理不尽に傷付けられるのは、もう二度と見たくはない。



「――シオリ殿」

 店内を物色し、追加の食料とルリィの菓子の支払いを終えたところで声を掛けられてシオリは振り向いた。デニスが不機嫌でいてどこか気まずそうにも見える表情で、そこに立っている。まさか彼から直接声を掛けられるとは思わずに驚くが、なるべく表情には出さないように努めた。

「衣類は終わりましたか?」

「……ああ。あとは食料品と雑貨類を選びたいから助言を頼む」

「わかりました。ではこちらへ」

 まずは食品から選ぶことにする。それを保存する袋類は、内容物の量が定まってからで良いだろう。売り場へ向かう二人の後ろを、買ったばかりの菓子の包みを乗せたルリィがぽよぽよと付いて来る。

「そういえばデニス様は調理はなさいますか?」

「精々缶詰や瓶詰を温める程度だな。料理人を連れていければ一番いいんだが、さすがに野営では無理らしくてな。止むを得ず俺が担当している」

「なるほど……」

 食料品の棚まで案内すると、デニスは感嘆の声を上げた。

「思ったよりも種類があるんだな」

 干し肉や乾パンの他、行動食や缶詰、瓶詰が所狭しと並んでいる。

「全てそのまま食べられる物ばかりで便利ですが、脂っこい物や味の濃過ぎる物も多いですから、調理すればもっと美味しく食べられます」

「調理? 温めるのではなくてか?」

「はい。例えばこのコンビーフの缶詰は温めてパンに乗せるだけでも美味しいですが、じゃが芋や玉葱と一緒に炒めて軽く塩胡椒すると立派な副菜になります。茄子とトマトの組み合わせで炒めても美味しいですよ」

 保存食を美味しく、というところに興味を持ったらしい。野外でもなるべく食事は美味しい物を食べたいと思うのは皆同じなのだろう。

「聞くだけでは簡単そうだが……」

「難しければ……そうですね、伯爵家に冷凍用の保冷庫はありますか?」

「ああ、厨房にあるな。店で見るような大きいものではないが」

「十分です。料理人の方にお願いして、じゃが芋はマッシュポテト、玉葱は微塵切りにして冷凍してもらった物を持って行けば、旅先でも簡単に調理できますよ。凍結防止加工した革袋に入れておけば、夏でも二日程度なら凍ったまま持ち運び出来ますから」

「そうなのか!?」

「ええ」

 元々食料や薬品の凍結防止対策として販売されていた革袋だったが、外気温を遮断して内部の温度を一定に保つ機能があるという話を聞いてもしやと思い試してみたら案の定、それは保冷袋としても使える事が判明した。長期間は無理だが、解凍し始めたところで魔法で凍結し直せば十分に事足りる。それ以来、遠征先での調理の幅も随分と広がった。

 魔道具で持ち運び用の冷凍庫を作れるかどうかナディアに相談してみたこともあったが、現状携帯出来るほどの小型化は難しいらしいから、今のところはこの皮袋で代用している。もっとも今の季節なら黙って持ち歩いていても凍るから、冬季は本来の凍結防止袋として利用しているのだが。

「茄子やトマトも、乾燥野菜を使えば荷物の軽量化も出来ますし、炒めるだけではなくスープの具としても使えますから便利です」

 本当はフリーズドライ食品を紹介出来れば良いのだが、量産出来ないのが辛いところだ。

(いっそのこと業者を探してお願いしてみようかなぁ)

 自家製携帯食の需要は増えているが、供給が追い付かない。でも、出来る限り要望には答えたいとも思う。今度ザックに相談してみよう。

「なるほどな。料理人に旅先の食事を作らせるというと弁当しか思いつかなかったが……そうだな、調理済みの物を上手く保存して持って行っても良いのだな」

「ええ。干し肉も刻んでスープに入れれば良い出汁になりますし、乾パンもスープの具にすればふやけて美味しいです。先程の乾燥野菜と一緒に煮込んで具沢山のスープにすれば、パンとスープだけでもそこそこ満足できるメニューになりますよ」

 デニスは感心しきりといった様子で手帳にメモ書きすると、食料品を物色し始めた。

「とりあえず今回は行動食を多く買い足しておきましょう。調理が必要な荷物は私かデニス様が持つことにして、そのままでも食べられる物は他の方に持っていただきます。勿論我々の分も必要ですが」

「その行動食というのは?」

「調理や食器が不要で立ったままや歩きながらでも食べられる、日持ちの良い栄養豊富な軽食類の事です。騎士隊で利用されている食糧の一つですが、ここにあるのは冒険者用に改良されていて、ある程度は味に拘っています」

「た、立ったままや歩きながら?」

 デニスはぎょっとして目を剥いた。言いたい事は分かる。貴族が立ったままや歩きながら食事をするなど考えもしないだろう。

「夏ならともかく、雪の中では休憩で座る場所を確保するのは難しくなりますし、下手に座ると身体を冷やして次の行動に差し障りが出るんです。なので立ったまま食事をすることも想定しておかなければなりません。それにさっきも申し上げた通り、寒い中では消費する体力は夏よりずっと多いので、短時間で身体を冷やさず小まめに栄養補給する為には、場合によっては歩きながら食べる必要もあるんですよ」

 彼はすっかり言葉を無くして黙りこくってしまった。

「……危険だとは思っていたが、予想以上に過酷なのだな。今までアンネリエ様をお止めしておいて間違いは無かった」

「そうですね……デニス様の判断は正しかったと思います」

 それは何気ない台詞だったのだが、シオリの言葉に彼は少しばかり目を見開き、それから僅かに微笑んで見せた。

(あ、笑った)

 女主人に石頭と呼ばれた事を気に病んでいたのかもしれない。

「……道中は身体の負担にならないように皆で配慮しますし、今回は私が居りますから、休憩時はなるべく座って暖かく過ごせるように場所を整えます。ご安心ください。でも、本当に万が一にも逸れた時の事を考えて、行動食はアンネリエ様やバルト様にも多めに持たせてあげてくださいね」

「ああ、わかった」

 そう返事をしてしまえば、デニスは笑みを引っ込めて今まで通りのやや不満げな表情になる。案外この顔付きは普段からのものなのかもしれないと思うことにした。

「しかしこの行動食ひとつ取っても随分と種類があるな……」

「お客さんの要望に答えているうちに、種類が増えてしまったらしいですよ」

 どれを選ぶか悩むらしく、全て似たような物に見えるショートブレッド型の行動食を前に考え込んでしまった。

(資金に余裕があるみたいだから全種類大人買いとか出来そうだけど)

 さすがにそんな無責任な勧め方は出来ないので、差し障りの無い助言をしておくことにした。見たところどれも栄養価は同じくらいのようだから、好みで選んでしまっても良いのだが、この分ではそれでも悩んでしまうだろう。

「悩む場合は甘い物と塩気のある物を半々で選ぶと良いですよ。疲れた時は甘い物って言いますけど、案外しょっぱい物も欲しくなりますので。量は一日一人当たり八本前後にドライフルーツとナッツ類を一袋ずつといったところでしょうか。これも五日分に万一の場合の予備としてプラス一日分用意します」

「そんなにか! ……なるほど、一日三食分の保存食しか持ち合わせていないのでは少ないと言われるわけだ」

 向こうの世界に居た時のように、食料も販売している山小屋のような便利な施設は無いから準備は念入りに必要だ。今の時期は夏場のように遠征先で狩りや採集も難しい。精々雪で飲み水を作れるくらいだ。

「朝晩の食事分は人数分用意してありますので、行動食以外は重くならない程度に気になる物を買い足せば良いと思います」

「ああ、わかった」

 一度助言すれば、思ったよりも早く決められたようだ。助言通りに、ショートブレッドタイプの物からは果実や木の実を入れて焼き上げた甘めの物と、チーズや干し肉を刻んで入れた塩気のある物を選ぶ。そのほかにドライフルーツと炒ったナッツ類の袋、缶詰類を幾つか籠に放り込んだ。瓶詰は今回は見送るらしい。

 食料品が終われば、後は雑貨類だ。

「次は保存袋とポーチ類ですね」

 袋物や鞄類の置かれた棚へと案内する。こちらはサイズ以外にそれほど種類があるわけではないのですぐ終わるはずだ。

「こちらの棚のは全て凍結防止素材で出来ていますから、この中から選んでしまいましょう。食料用の保存袋は、行動食なら一日毎に分けて入れておけば面倒がなくて済みます。当日分はこっちのポーチに入れて腰に付けておけば、歩きながらでも直ぐに取り出して食べられるので便利ですよ。薬品類もこのポーチに入れる事が多いですね。その他の食料は大袋に纏めて入れます」

「ほう……この凍結防止素材というのは何で出来ているんだ? 動物の皮のようだが」

「ああ、冬季に活動する魔獣の皮で出来ているらしいです。冬でも身体が凍らず問題なく動けるので、そこから思い付いたらしいですね」

「なるほど……これは食品以外にも使えるのか?」

 しばらく革袋を眺めていたデニスは、思案する様子で訊いた。

「ええ……そうですねぇ、女性では化粧品を入れている人が居ますね。男性だとお酒の小瓶を入れてたりもするみたいですけれど。何か入れたい物でも?」

「ああ、アンネリエ様の画材をな。冬はスケッチ程度で済ませるんだが、これを使えばもう少し野外での創作の幅も広がるかもしれん。一度絵の具を持って行った事があるんだが、凍って駄目にしてしまってな」

 今回も簡単なスケッチ道具しか持って来ていないようだ。次の時の為に買っておくつもりらしい。ポーチと合わせて選び終えれば、これで一応買い物は終了だ。

 安全の為とは言え、三人分の買い足しは結構な量になってしまった。この分だと金貨が何枚かは飛びそうだと思ったが、案の定合計金額はなかなかの額だ。

(私だったら金貨一枚出すのだって手が震えるのに……)

 それでも涼しい顔をして支払いを済ますあたり、さすがに貴族は違うなと思ってしまった。

「終わったかい? 買い忘れは無いね?」

 カウンター越しに店主と雑談に興じていたナディアが念を押す。自前のチェックリストでも確認したが、買い忘れは無い。

 だが、デニスはほんの僅かに躊躇う素振りを見せた。

「どうかしました?」

「ああ、いや……」

 言い淀み、ちらりと奥の売り場に視線を向けた。衣類売り場だ。

「まだ時間に余裕はあるからね、気になる物があるんなら見て来るといいよ」

 ナディアが時計を確かめながら言うと、彼はすぐ戻ると言い置いて衣類売り場へと足を向けた。ややあってから、オリーブ色の外套を抱えて戻って来る。

「おや、あれは……」

 ナディアは愉快そうに目を細めた。

「何?」

「ああ、伯爵様の外套選びで、あの色とさっき買った若葉色のとでえらく悩む様子だったんだけどね。結局あれも買うことにしたんだねぇ」

「へぇ……あっ。そういえば今出したお財布、さっき出したのとは違うね」

 伯爵家の経費を入れた物ではなく、恐らく私物の財布。だとすれば、あれは。

「やるもんだねぇ。もしかして自費で買って伯爵様(想い人)にプレゼントかい」

「うわぁ……」

 他人事ながら気恥ずかしくなってしまった。

(……でも)

 私費で買った外套の包みを手にいそいそとこちらにやって来るデニスを見ながら思い出す。

 口煩くアンネリエに意見する彼。絵の為なら危険な場所に赴く事も厭わない彼女を案じる彼。彼女の為に食料や衣類を真剣に選ぶ彼。そして、なにやら嬉しそうに新しく買い足した外套を抱える彼。

 一見すれば想い人に過保護な一人の男のようにも見える。でも、あれはむしろ――

「なんだか娘を心配するお母さんみたい」

 遠い世界に置いてきてしまった家族の一人を思い出しながら、そんな事を呟いた。

ルリィ「オカン属性」

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